グランマーのオーストラリア日記




恐怖の館



事件は、娘が出掛けた日に起こりました。

私は、いつものように孫を連れて、地下のゴミ捨て場にゴミを捨てに行きました。ゴミ置き場のドアを開け、私だけが一足先に中に入りました。ドアから手を放し、奥へと足を一歩踏み出したとたん、バタン! 強風にあおられたドアが勢いよく閉まってしまいました。遅れて歩いていた孫はドアの外側です。

ドアを開けようとドアノブを回すと、なんとドアが開かないではないですか!
まさかと思って何度も試したのですが、防犯のために最近取り付けられたばかりのその鉄製のドアはびくとも動きません。外で待っている孫が心配になり、声をかけると「大丈夫だよ」と返事がかえってきます。孫が状況を理解できるかどうか分かりませんが、とりあえず説明し、「慌てないように、泣いたりしないように、大丈夫だから」と私は必死で声をかけ続けました。

しばらくたっても誰一人、ゴミ捨て場にやってくる人はいません。時おり孫にエレベーターが動いているかどうか尋ねると、「動いているよ。でもP1にはこないよ」と言います。こんな昼下がりに地下の駐車場わきのゴミ捨て場に来る人など誰もいないのでしょう。腕時計をしていない私にはどれぐらいの時間が過ぎたのか分かりません。10分? それとも15分ぐらい経ったでしょうか。いつもならすぐに泣いて困らせる孫ですが、泣かずに頑張っています。

どうにかしなくては…。
早くどうにかしなくては、いずれ孫は泣き出してしまうでしょう。もし今、駐車場の入り口が開いて車が中に入ってきたら、孫は助けを呼ぼうと車の前に飛び出してしまうかもしれません。もしもそんなことにでもなったら…。そんな恐ろしい想像が脳裏をよぎります。

やっぱり誰も来ません。不安は募るばかり。
ゴミ捨て場は裏道に面しているので、ほんの時たまですが、人が通ります。その時をねらって助けを頼むしかありません。果たして英語の話せない私にどれだけのことができるか…。でも、一か八か、やってみるしかありません。

お願いだから、誰か通りかかって! 祈るような気持ちで外を眺めに走ったり、反対側のドアのそばにいる孫に話かけたり。

そのうち向かいのビルの警備員さんの姿が見えました。あわてて道路側の鉄格子に駆け寄って「ヘルプ ミー!」と叫びました。ですが、あっという間にその警備員さんはビル内の小道に消えてしまいました。これまでの人生で「助けて!」なんて言ったことがないから、どうやら声が小さかったみたい。私の声は届きませんでした。あぁ〜。

「今度こそは大きな声を出そう!」と心に決め、次の人が通りかかるのを待ちわびていると、初老の男性の姿が見えました。やはり声をかけるにはかなりの距離がありました。でも、そんなことは言ってられません。

「ヘルプ ミー! ヘルプ ミー!」今度は声の限りに叫びました。
その初老の男性がキョトンとした顔でこちらを見ています。やった〜! 不審そうな顔をしながらも、彼は私のいるところまで来てくれました。私は必死の思いで閉じ込められることを説明しました。それから、孫が一人で駐車場にいることを伝え、建物の中からしかドアが開かないことを伝えました。今となっては、英語のほとんど出来ない私がいったいどんな英語を話したのか全く覚えていません。単語の羅列だったのか、それとも身振り手振りだったのか。とにかく、事情を察した彼はそこで待っているようにと言ったのだけは分かりました。ですが、いつまで経っても彼はやってきません。だんだん不安になってきたころ、やっとゴミ捨て場のドアが内側から開きました。

孫はとうとう最後まで泣かずに頑張りました。自分の失敗は棚に上げて、孫の成長ぶりにびっくりすると同時に、なんとも頼もしい思いがしました。


また別の事件が起こりました。
穏やかな日曜の昼下がり、家族で近くのスーパーマーケットに行って戻ってくると、なにやらエントランスに五、六人のオーストラリア人が固まって話をしています。別に気にすることもなく、彼らのわきを通り過ぎようとすると、一人のオーストラリア人が娘に話しかけてきました。娘によると、エレベーターが故障していて階上に住まいのある彼らが部屋に戻れないそうなのです。おまけに非常階段には鍵がかかっていて階段が利用できないようになっていたそうです。みなさん、ちょっと近所に買い物に行ってこの災難にあったらしく、パンや牛乳、お肉を持ったままの姿です。気の毒なことです。我家はグランドフロアー、日本でいう一階にあるので、ゴミ捨てに行く以外はこのエレベーターを利用することはありません。

娘と買い物を整理しながらエレベーターの故障の件について話しをしていると、何かをドンドンと叩いているような、力いっぱい蹴飛ばしているような、そんな大きな音が聞こえてきます。非常階段を蹴破ろうとしているのかしらなんて思っていると、我家のドアをノックする人がいます。娘が出ると、先ほど会話した女性でした。非常時の連絡先を知らないかということでした。でも心当たりがありません。しばらく話をしながら考えていると、賃貸契約書に何か書かれているだろうということになり、調べてみると確かに書いてあります。その非常時の連絡先の電話番号を教えがてら、娘は部屋の外に出ていきました。

戻ってきた娘によると、日曜日なのでどこにも連絡がつかなくて困っているとのことでした。しばらくしても外の騒ぎはおさまりません。娘が気になってまた行ってみると、やっと連絡がとれたとのことでした。でも非常階段の鍵が開くのに2、3時間かかると言われたそうです。何はともあれ一件落着のようです。

翌月曜日になってエレベーターのボタンを試しに押してみると、すでに直っていました。でも、怒り狂ったおじさんに蹴飛ばされたエレベーターのドアは、下のほうに隙間が開いてしまっていて、きっちり閉まっていません。ドアの隙間までは直していかなかったようです。その後聞いた話によると、この建物のエレベーターはしょっちゅう故障しているらしいのです。夜中に閉じ込められた人は、さすがにその後引っ越してしまいました。どうやらいわくつきのエレベーターのようです。築三年足らずの建物だというのに…なんていうことでしょう。その後、私はエレベーターに乗るたびに不安になり、ゴミ捨て場に行くたびにドアが気になって気になってしかたがありません。