12/06/2005〜
編集上の都合により、新しい原稿は下になっています。

 1  12.06.2005 掲載
 2  30・06・2005 掲載
 3  16.07.2005 掲載

 4  06.08.2005 掲載
 5  15.08.2005 掲載    6  24.08.2005 掲載
 7  30.08.2005 掲載    8  08.09.2005 掲載
 9  14.09.2005 掲載   10  02.10.2005 掲載
11  02.10.2005 掲載   12  02.10.2005 掲載

シドニー釣りキチ日誌  竿游

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巻頭エッセイ
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.1  オーストラリアの釣具屋さん 12/06/2005
 
 オーストラリアと日本の釣具屋さんの気質は全く違う。
 先ず、オーストラリアの釣具屋さんは、ちょっと話すような仲になると、How are you?」 の次には必ずといって良いほど、「最近、釣りをしたか?」と聞いてくる。
 
 「先週、ダム湖のバス釣りトーナメントに行ったよ」
と応えると、当然のごとく、どれくらい釣れた、何で釣れた、釣り場のポイントはどこだ、と聞いてくる。
 まあ、それは釣り人なら誰でも聞きたがることだし、僕なら、自分のトーナメントの成績に直接かかわらない程度なら、何でも話してしまう。

 しかし、である。
 その店員が、昨日はジューフィッシュを釣った、今はニュームーン(新月)だから、ジューフィッシュの活性がいいぞ、というので、僕も、「どこで?」 と聞くのだが、その店員はそれはシークレットだ、と応えるのだ。
 
 なんじゃ、それ、とクエスチョンマークが僕の頭に過ぎる。

 シークレットなポイントってどこだろう、と疑問に思うのではない。
 客に散々しつこく釣り場を聞いておいて、自分の釣り場はシークレットって、どういうことなんだ、と人間性を疑ってしまうのだ。
 
 確かに、全てのお客さんに自分が見つけた最高のポイントを教えてしまっては、いざ、自分が釣りたい時に人がいっぱいで、釣れなくなってしまう懸念はわかる。
 毎日訪れる沢山のお客さんが、皆、一様に釣り場を聞くだろうし、自分で見つけた穴場はそう簡単には教えたくないだろう。

 一般の人は、「減るもんじゃないし、そんな、シークレットなんて」と思うかもしれないが、魚は釣れば減るもんであるし、何よりも、釣り場は限られているので、その釣り場のスペースは沢山の人が知るほど、恐ろしく減っていくものだ。

 そういう、シークレットにしたい釣り人の気持ちは理解できる。
 しかし、先に人に釣り場を聞いておいて、自分の釣り場はシークレットなんて、ひどすぎる。
 
 たいていの日本の釣具屋さんは、今はここがホットな穴場です、と釣具屋さんが見つけた釣り場を図解で紹介したり、そこの釣り場では、この仕掛けと宣伝して、商売に活かしている。

 時には、その情報は眉唾物で、ただ単に商業的な客寄せと、販売強化丸出しの場合もあるが、とにかく、釣り場や釣具の説明には余念がない。
 日本では、<仕事>に対して、私情を入れず、商売に徹する気持ちがよしとされている。
 できるだけ確かな情報を仕入れて、それを求めてくるお客さんに素直に提供し、お客さんはそれを信じてそこで釣具も買ってしまうのだ。

 釣具は売れても、皆がそこで釣りをしたせいで、その釣り場が釣れなくなってしまったら、新しい釣り場を探し出し、また情報として流す。
 それが、日本の釣具屋さんの<仕事>としての使命でもあり、その使命を忠実に果たす釣具屋さんには連日お客さんがいっぱいとなる。
 
 オーストラリアは、釣具屋さんに限らず、商売の上で、その店員さんの私情がものすごく入っている。
 お客さんがいても、自分がそのあとのパーティーに行きたかったら、お客さんを追い出してでも早く店を閉めたがる店員もいる。

 釣具屋さんでは、自分の釣り場は絶対に教えないし、それで客がふてくされようが、自分のシークレットの釣り場を守る方が<仕事>よりも大切だ、と思っているのだ。
 釣りをされない方は、「オーストラリアって、なんてひどい釣具屋さんなの?」
 「それじゃあ、皆、釣れないじゃないか?と思われるかもしれない。

 しかし、モノは考えようで、僕はこの現象をいい方向にとっている。
 つまり、釣具屋さんが全てのお客さんに穴場の提供をしたら、その1週間くらいはそこで釣れても、そのあとは全く釣れなくなってしまう、という日本の現象に比べて、そこまで1箇所にどっと人が押し寄せないオーストラリアの釣り場は、自分で見つけた穴場はいつでも釣れる。

 人が押し寄せて釣れなくなってしまう現象を釣りの専門用語では「場が荒れる」とか「魚がすれる」といって、釣りの奥義では最も避けたいカテゴリーだ。
 そのマイナスの現象が少ないオーストラリアでは、自分で釣り場を見つけたら、そうそう、人が押し寄せることがない。
 自分の地図を見る力と、何度も足を使って釣りに通う体力があれば、そしてそれを何年も続ければ、常に誰よりも釣れるようになる。
 
 唯一、オーストラリアの釣具屋さんの店員さんから釣りの穴場を聞き出すコツが実はある。
 簡単なことだが、そこで、高い釣具を買うことだ。
 オーストラリア人とて、人情はある。
 高い釣具を買ってくれたお客さんにだけは、自分のシークレットを教えよう、と思うのである。
 また、一般的に、価格が高い釣具屋さんほど、穴場、もしくはそのヒントを教えてくれる。
 
 釣具屋さんで働くと、オーストラリアも日本も、店員さんの時給は安い。
 安くても、釣具屋さんで働きたいと集う釣り好きな人が世の中にはワンサカいるのだから、求人の雇い側優先市場だ。
 しかしながら、それでも釣具屋さんで働きたい、いや、釣具に囲まれて、スタッフ割引で釣具を安く買えてそれが<仕事>になるなら、本望だ、と腹をすえて働く輩が多いのだと思う。
 
 オーストラリアと、日本と、どちらの釣具屋さんが正しいかは別として、少なくとも、オーストラリアに長らく居住し、時々日本に里帰りをする僕にとっては、どちらの釣具屋さんのスタイルも歓迎できる。
 オーストラリアの釣具屋さんでは、僕がうっかり話してしまったシークレットポイントを他のお客さんに話して欲しくないし、たまに日本に短期的に帰ったときは、そのときだけ釣れる穴場の情報を釣具屋さんからいただくことは大変ありがたいからだ。
 
 オーストラリアの釣具屋さんが、日本の釣具屋さんのスタイルになったら、どうなるのだろう?
 少なくとも、もっと売れるとは思うけれども。
 
 
 
 
 
 
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2  横社会のオージー  30・06.2005 掲載
 
オーストラリアに来て10年過ぎてもその殆どが日本人関係の職場、遊び場であった僕にとって、本当のオージーの社会には入ってなかった。
 
3年くらい前から、バス釣りのトーナメントに出場するようになって、完全にオージーの社会に踏み入った。
総勢数百人の団体の中、日本人として、いや、アジア人としての参加者はいつも僕ひとり。
日本人社会の中に入ってくるオージーと違って、オージー社会の中では、日本人的な感覚では戸惑いも多かった。
 
トーナメントに出場し始めた頃、トーナメントのルールも良く分かっていない僕に対して、オージー達は凄く良心的だった。
よそ者を排除するという感覚は全くなく、釣り方や釣り場のポイントまでも教えてくれ、僕のボートの上げ下げを腰まで水に漬かって手伝ってくれるオージーもいた。
マイトシップという感覚だろうか。
とにかく、異国人、新入りに対しての寛大な親切を受けた。
 
ところが、トーナメントに毎回出場し、徐々に僕の成績が上がり、トーナメント出場2年目にして、僕が年間タイトルをかけたチーム優勝を果たし、個人戦でも3位入賞などの位を築き始めると、オージーの風当たりが強くなってきた。
 僕に対する嫌味なジョークが増えてきたのだ。
 
しかし、周りを良く見ると、トップアングラーと呼ばれ、常に上位入賞を果たすオージーとて、やはり嫌味なジョークを受けている。
 これらの感覚を平たく言えば、弱気を助け、強気を挫く、そんなマイトシップが感じられる。
みんな、横一線に並びましょう、という感覚だ。
 
これが日本人社会だと、全く違う。
よそ者、新入りはいびられ、誰も助けてくれない。
しかし苦労を乗り越えて自分で自分の地位を築き上げた時、それを周りが尊重し始め、いびられなくなっていく。
所謂日本人の縦社会だ。
 
どちらの社会の方が正しい、という判断をするつもりはない。
 ある意味、日本人の縦社会の方が、たたき上げ、成り上がりの苦労が報われるロマンをも感じる。
しかし、それでいて、せっかくの才能を持ちながらも初期の段階で潰されて消えていくもったいなさも併せ持っている、と思う。
 
これがオージーの横社会なら、弱者を引き上げ、みんなで横一線に並びましょう、という感覚が、新入りの才能を潰すどころか、その底辺からすくってあげましょう、というやさしさも感じられる。
ただ、みんなよりぬきんでた存在になり始めると、あからさまに潰しに入る横社会は、厳しい人間模様を浮き彫りにする。
 
郷に入れば郷に従えで、オーストラリアに住むからには、オージーの横社会を理解し、それに慣れるしかない。
 嫌味を言われたり、潰しにかかってきたりするのは、僕が日本人だからではなく、他のトップトーナメンターがそうであるように、それを勲章として受け止めるしかない。
 
出た釘は尊重されるが、出すぎた釘は打たれる、
そんなオージー達の横社会である。

3 外来種 2005年7月16日掲載
 
日本では中学生の頃(約25年前)からブラックバス釣りを覚えた。
14年前にここオーストラリアに居住をはじめてからはオーストラリアンバス釣りが僕のメインの生活になった。
 そして、今、日本で、ブラックバス釣りが最大の危機を迎えている。
外来種問題である。
 
1925年、ブラックバスは当時の実業家赤星鉄馬によって神奈川県の芦ノ湖に初め移入され、その後食用目的で日本中の河川に放流された。
 このブラックバスは元々アメリカの魚で、肉食魚であり、ルアー釣りの王様として君臨している。
 日本でも、瞬く間にルアー釣りの王様となり、外来種問題が騒がれる数年前までは日本における釣りの王様にも上り詰めた。
 
ここでいう王様というのは、偉いとか他の釣りより面白いとか言うのではなく、釣り人の人口増加やその技術、道具の発展、それらの要因が最も顕著だったととらえていただきたい。
日本においてはどの釣り雑誌の中でもブラックバス釣りが最も多くのページ数をいただき、ブラックバス釣り専門の雑誌も数十種類を越えた時期もあった。
 
そしてブラックバス釣りが日本でピークを迎えた1990年代後半、外来種問題で、ブラックバス釣りが王様の冠を剥奪され、たちまち悪者扱いされ始めた。
 日本の在来種である鯉科の魚や鮎などを絶滅の危機に至るまで食べ尽くしている、というのである。
 
僕の見解では、わかさぎやふな、鮎などの漁で生活を営む漁師達のブラックバス釣りへの激しい憤りが世間を動かしたのだと思う。
これに関しては、なにもその漁師達が一方的に陰謀を企てたのではなく、ブラックバス釣りを楽しむ釣り人が、漁の邪魔をするかのごとく増えすぎて、ゴミを残し、環境を悪化させた、ブラックバス釣りの釣り人の行いも災いしているだろう。
 
実際に、ブラックバスのせいで、日本の在来種が絶滅するとは考えにくい。
それまで存在しなかった肉食魚が現れたことによって、在来種の数の上での多少の変動はあったとしても、「食べ尽くす」までには至らないはずだ。
 これらの科学的立証などは、日本の環境省での発表やそれに対するパブリックコメントのやりとりで、数年に渡って激しいバトルが繰り広げられてきた。
僕も、オーストラリアから日本の環境省にパブリックコメントを出したこともある。
 
そして、裁決がなされた。
 「特定外来生物の生態系被害防止法案」という法案が誕生し、日本の各地でブラックバスを釣っても、再放流してはいけないなどの条令とともに、罰金刑まで課されることになった。
 ブラックバス釣りは食べるための釣りではなく、釣って生きたまま放流する競技として発達したものであるから、そのブラックバス釣り自体を否定されたに等しい。
 
所変わって、ここオーストラリアでも、同じような法案がある。
在来種を守り、外来種を駆除する、といううたい文句は同じだ。
しかし、魚種とそれに対する考え方が全く日本と逆なのだ。
 オーストラリアの在来種であるオーストラリアンバスは、スポーツフィッシングとして、それがオーストラリアの文化でもあると認められ、各地で役所を通じて放流が奨励されている。
そして、アジア大陸などから移入された鯉がペストと呼ばれ、駆除の対象になっている。
実際に、オーストラリアで鯉を釣ったら、河川に再放流してはならない。
罰金刑まで設けられている。
 オーストラリアンバスは肉食魚でありながら、弱った魚や増えすぎた小魚を食べ、他の在来種を食べ尽くすことはない、とされている。
 
しかしながら、オーストラリアでの外来種である鯉は増えすぎた小魚を食べるのではなく、在来種の卵から根底的に食べるので、在来種の絶滅の危機を脅かすというのだ。
また、水底の有機物を食べ尽くし、無機物化するので、水質が悪くなり、環境保全にも敵対する、と考えられている。
 在来種を守り、外来種を駆除しましょう、という大義名分は同じでも、その魚の生態そのものに対する思い入れ(こじつけ)が全く反対なのは興味深い。
 
日本のブラックバス釣りの技術は、世界の肉食魚を釣るための技術として、それが日本を代表する文化として、世界で認められ始めていた20世紀末、日本国内で迫害され、海外で活躍し始めた。
21世紀、日本のブラックバス釣り自体は悪者扱いされようと、その高い技術力は文化として世界で生き続けるのだ。
 ポール 06.08.2005 掲載
 
 僕は毎年ダーウィンというオーストラリアの北端にバラマンディという魚を釣りに行って、今年で6回目になる。
 去年の5回目の時、ダーウィン滞在が長くなりそうだったので、自宅のFAXをダーウィンの宿舎に転送していた。
 
 そしてシドニーに戻って、電話を自宅に転送しなおそうとしたが、マニュアルではどうにもならず、電話のエンジニアを呼んで、配線か何かを触ってもらわないといけないことになった。
 
 ところが、それが如何にもオーストラリアらしく、金曜日に電話局に頼んだのに、
エンジニアが来るのは早くて火曜日の午前10時〜午後2時だという。
 それ以降は、木曜日とか。。。
  仕方なく、その火曜日までFAXもインターネットも電話も使えず、苛立ちながら時を待った。
 
 火曜日午前10時。
 僕自身、こりゃ、1日中家で待機しないと、いつ来るかわからないし、エンジニアが来た時に、僕が外出してたら、今度いつ、直してもらえるか分からない、と家の中で居座った。
 
 午前10時半。
 とりあえず、電話局に電話した。
 「エンジニアに電話して、直接かけさせる、」と電話局の電話番が言った。
 
 午前11時。
 「エンジニアのポールだけど、今、君の家に着いた、入り口はどこだ」
 そんなポールからの電話だった。
 
 家に入って、なんだか不思議な機械を取り出して、電話の受話器に当てて、「はい、OKだ」とものの2分くらいで作業は終了した。
 勿論、これだけで話が終わったら、釣りキチ日記と何の関係もない。
 
 エンジニアのポールは、2分で作業を終了したあと、テーブルに無造作に置いてある僕の釣具を見て、「このリーダー(ルアーの直前に付ける釣り糸)はフロロカーボン(特別な釣り糸の繊維名)か?」と聞いてきた。
 お、こいつは、釣りができるな、ポールの一言で、ポールが如何に釣り好きか一瞬にして分かった。
 
「そうだ、フロロカーボンだ」
 そう僕が答えると、その釣り糸の強さや太さなどの特徴、ルアーの種類、狙う魚、釣り場、、、、と話題がどんどん盛り上がり、とうとう、気が付けば時計の針は午後1時を周っていた。
 
 なんと、あろうことか、そのあとポールは、車に戻って、買ってきたばかりの釣具を取り出し、「君の家に来る寸前に、近くの釣具屋に寄ってきたのだけど、今回買った釣り糸とオモリは凄いぜ」と自慢気に見せびらかした。
 
 きっと、僕が電話局に問い合わせた午前10時、ポールは釣具屋に居たのだ。
 それですぐに僕に電話できず、買い物を終えて、僕の家の前で電話してきたんだ。
 そういう<犯行>が手にとるようにつかめた。
 
 しかしながら、そのポールと初めて会って2時間以上も釣りの話で盛り上がったし、僕にとっても、その方が大事で、5日間も待たされたこと、2分で終わる仕事の前に、釣具屋で買い物してたことなどのポールの<罪>は、どこかに吹っ飛んでいた。
 早速、翌週からお互いのボートで、お互いの釣り場や釣り方を教えあうことになった。
 
 一言で釣りといっても、ポールと僕の分野はかけ離れていた。
 ポールは、餌釣りで大物をしとめることが専門で、AFCというオーストラリア最古の釣りクラブの大会で何度も輝かしい成績を収めていた。
 
 僕は、ルアーで魚を釣るのが専門で、ルアー釣りの大会に出たり、釣り雑誌に記事を書き、釣具のスポンサーも付いている。
 ポールは、僕が餌でもなんでも良いから釣りたいと思っている海の大物を何尾も釣っているし、僕は、ポールの知らない釣りの世界を持っている。
 
 あれから1年半。
 ポールとは今でも、一緒に釣りをして、携帯電話やインターネットでも2週間以上会話をしないことはない。
 ポールの家に行って、奥さんやお父さんと会ったり、ポールも僕の家でご飯を食べて釣りビデオを見たりもしている。
 
 あの時、僕がテーブルに釣具を置いてなければ、2分で仕事を終わらせて、そそくさと帰ったに違いない。
 先日、僕が誘って、ポールとバス釣りに行った時、ポールの仕事先から掛かってきた電話に
「今、義理のお兄さんが大変な事故にあって、今日の仕事はできなかった」
とあきらかな嘘の言い訳をしていた。
「いいの?仕事ホッポリ出して、僕と釣りなんかして?」
そう僕が様子を窺うと、ポールは言った。
 
「No worris」
5 サラリーマン 15.08.2005 掲載


 あるオーストラリアの釣り雑誌に、日本人とオーストラリア人のサラリーマンが会話する漫画が掲載されていた。

 2人とも、毎朝同じバス停からバスに乗って会社に向かうのだが、バス停のすぐ近くに池があり、オージーサラリーマンはいつも早くからその池に行って釣りをして、釣具をしまうのに時間がかかり、バスに乗り遅れていた。

 ある朝、ちょっと早くバス停に着いた日本人サラリーマンが、池まで行って、オージーサラリーマンに言った。

「こんなところで、君はいつも釣りをしているから、バスに乗り遅れるんだ。
 会社にも遅れるし、仕事に差し支えるだろう。
 もっと、真面目に働く気はないのかね?」

 半ばあきれた口ぶりで、嫌味を言いたかったようだ。
 その嫌味を受けたオージーサラリーマンが聞き返した。

「では、何故あなたは、そんなに仕事最優先で、真面目に働いているのですか?」

日本人サラリーマンは、堂々と答える。
「真面目に仕事した方が、給料もいいじゃないか」

オージーサラリーマンがなおも聞く。
「じゃあ、給料のため、お金の為に働くのなら、そのお金があなたの目的ですか?」

日本人サラリーマンはちょっと首を傾げてから、それでいて、きっぱりと言い切った。
「違う。お金はプロセスだ。お金だけが目的じゃないが、お金が多い方が、ゆとりのある生活ができるし、好きなことができるじゃないか」

 オージーサラリーマンは、また質問した。
「それでは、お金があなたの目的ではなくて、そのゆとりができ、好きなことができるのなら、あなたは、何をしますか?」

 日本人サラリーマンは、はっとしたような顔つきで、まるで、今まで、ゆとりがなくて、好きなことを何も考えていなかった自分に気がついた。
 暫く考えた末、日本人サラリーマンは遠くを眺めながらボソッとこぼした。

「お金があって、ゆとりができたら、いつかは好きな釣りを毎日してみたい。」

オージーサラリーマンは勝ち誇ったように笑いながら言った。
「私は、あなたの人生の最終目的である好きな釣りを、子供の頃から毎朝、ずっと続けているだけです。」

 説教をしに行った筈の日本人サラリーマンは、もう、オージーサラリーマンを責める術がなく、トボトボと項垂れて、バス停に返って行った。

 これは、釣りに限らず、殆ど全てのオーストラリア人と日本人の、仕事と人生の目的の関係をあらわしている。

幸せを追いかける日本人、
幸せを持っているオーストラリア人。

*どんな釣りも、早朝が一番釣れる。

竿游さんの釣りのホームページは
www.users.bigpond.com/osakana/

6 サラリーマン U 24.08.2005掲載

 前回は、「サラリーマン」と題して、切に日本人サラリーマンを批判する内容になってしまった。
 それを撤回する気持ちはさらさらないが、ただ、時代の流れでそのベクトルが、反対に向きかけていることを実感している。
 つまり、日本人サラリーマンが、オージー化し、オージーサラリーマンが日本人化しはじめていると思うのである。

 日本では、正月恒例の映画でトラさんふんする「男はつらいよ」の人情ドラマから、はまちゃんふんする「釣りバカ日誌」のやりたいことをやることの奨励(?)のドラマに山田洋二監督が切り替えた。

 「釣りバカ日誌」のはまちゃんは、オージーサラリーマンそのものである。
 出勤前に釣りにいって、魚臭いスーツで遅刻してもあわてず、受付嬢や上司に魚を配ることで、人気者になる。
 仕事も一生懸命ではないが、秘密の釣りのポイントや釣り方を社長に教えてクビを免れ、仕事の取引先の担当者に秘密の釣り場を教えて大きな仕事の契約まで取って来るので始末が悪い。

 実際に、日本の釣り仲間で、はまちゃんのような存在を何人も知っているので、あれは映画だけの話ではなくて、現実にありえるのだ。
 仕事最優先の日本人サラリーマンは、釣りに行きたくても、年に数回がやっと、不慣れな釣りで、釣れないこともある。

 しかしながら、はまちゃんのような存在が近くにいると、その年に数回しか行けない釣りも、有意義な釣りとして楽しむことができる。
 そういった、貴重な存在として、はまちゃんは活きている。

 他方、現代のオージーサラリーマンは、やりたいことをやって生活する、という気持ちは残しつつも、オリンピックあとの地価や物価の上昇、一生懸命働いても、なかなかマイホームは持てず、生活にきりきりまいで、趣味どころではない有様になりつつある。

 オーストラリアはまさにバブル景気、仕事も忙しくなり、家を買うため、家族の生活にゆとりを持たせるために、すきな釣りを断念するオージーまでいるくらいだ。
 去年、僕とチームを組んで、バス釣りの大会で優勝を果たしたジェイソンは、今年は仕事に専念するので、大会にはでない、と言った。

 ジェイソンの話では、「釣りは他のスポーツと違って、何歳でもできる。今は、大きなビジネスのチャンスで、仕事に頑張らなくては」
という内容だった。
 まるで、「サラリーマン」に書いた日本人サラリーマンそのものだ。

 それでいて、最大公約数的にはまだまだ日本人サラリーマンとオージーサラリーマンの現状は「サラリーマン」に書いたとおりなので、それを撤回する気持ちはない、とも書いたのだが、そのベクトルは、あきらかに、反対に向きかけている。

 「釣りバカ日誌」のはまちゃんのような存在はいた方がいいが、サラリーマン全員がはまちゃんになってしまったら、その会社、国は崩壊するかもしれない。
 仕事最優先で会社や国を支えてくれる人がいるからこそ、はまちゃんも生活できるのだ。

 その狭間で生きるのが、サラリーマンの気持ちであって、どちらを選ぶかは、環境によって左右される。

 現実と理想、仕事と釣り。
7 狩猟本能 30.08.2005

 日本の大学生時代、後輩の女の子にこんなことを言われた。
「食べるための釣りならいいけど、キャッチアンドリリースの釣りは、動物虐待ではないか」

 とっさに反論した僕は、
「魚はね、痛いという神経がないんだよ。何か口にひっかかってるくらいにしか感じないんだ」

 そう、苦し紛れに答えた。
 のちに漫画家になったその女の子は、それくらいでは引き下がらない。
「誰が、どうやって、魚が痛みを感じないって、調べたの?」

 そこまで知るか、と蹴散らそうとも思ったが、ふと、本当に、動物虐待なんだろうか、と自分自身に問いただしてみた。

 その時の僕の答えはこうであった。
「君の履いてる靴は、牛皮だね。その財布も、ベルトも、なんかの動物みたいだ。動物を食べるんじゃなくて、お洒落や履き心地の為に、動物の皮を剥いで、身に付けてる者が、善人振りするんじゃない!」

 これは、答えというよりも、むしろ、その女の子の口をふさぐための屁理屈であったことは、分かっている。

 あれから、十数年、釣りをするたびに、あの時の問答がちらほらと頭の中を過ぎり、その度にそれを必死にかき消してきた。

 今の考えはこうである。
 文明社会で人に買われているネコ。
 毎日同じ時間に餌をもらえるのだが、ふと、飛んでる虫を見つけた時、食べるつもりがなくても、その虫にジャンプして、捕まえようとしていることがある。

 ネコの買主が、
「ちゃんと、餌をあげてるでしょ、虫がかわいそうだから、もう、虫に飛び掛らないで」
とネコの狩猟本能を遮ったとしたら。。。

 どんな天変地異が起きようとそのネコに、一生餌を与えてあげられるのならまだしも、その天変地異で買主と離れ離れになって、狩猟本能を忘れた不毛のネコは、狩もできずに、死んでしまうのだ。
 これこそ、動物虐待ではないか。

 ひるがえって、釣り人である僕は、4年前の9.11事件の時、ツアーの仕事が全く入らなくなって、数ヶ月間、収入がゼロに近くなったことがある。

 家賃や電気代などの諸経費は、少ない貯金を下ろしてまかなったものの、食費を抑えるため、毎日歩いて海に行き、魚を釣って、それを食べて飢えをしのいだ。

 キャッチアンドリリースで鍛えた腕前で、全て、家にある釣具(ルアー)だけで魚を釣った。
 餌を買うお金すらなかったからだ。
 しかし、そのおかげで、今がある。

 もし、大きな天変地異が起きても、釣具さえあれば、魚を釣って食べていく自信はある。
 その僕から、狩の練習であるキャッチアンドリリースの釣りを取り上げ、天変地異が起きたら、あの漫画家の女の子は、僕を一生食べさせてくれるのだろうか?

 まあ、これも、屁理屈の助長に過ぎないかもしれないが。
 しかしながら、人の未来は分からないものだ。
 あの、動物虐待を訴えた女の子は、今、日本で、人間の内臓が飛び出す奇怪な漫画を描いている。

 釣りの方が、まだ、かわいいような気がする。
8 ジュークラブ 08.09.2005
 
 ジューフィッシュという魚をご存知だろうか。
 日本でいう、にべ、いしもちの仲間で、スズキとバラマンディを足して2で割ったような魚だ。
 体長は、1メートルをゆうに越え、2メートル近くにたっするものもいるし、各地で20kgや30kgのモンスターが上がっている。
 
 なんだ、どうせ、外海の、船でしかいけないようなところで、しかも、シドニーからずい分離れているんでしょ、と想像されるかもしれない。
 湾内で、餌釣りをしていて、たまたま釣れることがあっても、狙って釣ることは難しいとされている。
 
 それを、岸から、ルアー(疑似餌)のみで釣るのだ。
  月と地球の位置関係で、潮の干満が、1日2回訪れることは、釣りを知らない人でも、何となく聞いたことがあると思う。
 この、満潮時に、ジューフィッシュは湾内に入ってきて、餌を食う。
 
 しかし、餌場、といわれるところでしか食わないし、やはり簡単には釣れない魚だ。
 ある、オージーの紹介で、ジュークラブに入った。
 潮が満ちてきた時、ジューフィッシュが餌場にしているシークレットポイントでの釣りだ。
 
 これは、もう、秘密結社のような硬い約束を誓わなければならず、その掟は、「絶対にこの場所を他人に教えない」というものだ。
 釣り場自体が狭いので、3人がやっと。
 
 ジュークラブには僕を含めて5人しかいない。
 オージーといっても、うちわけは、イギリス系がひとり、ギリシャ系がふたり、それから、フィリピン系がひとりに、日本人として僕がいて、合計、5人だ。
 
 
 そのうちの3人くらいが、いつも釣り場で顔をあわす。
 何の連絡もなく、打ち合わせもないが、皆、潮の干満を知っているので、同じ時間に現れる。
 それが、夜中の1時であろうと、防寒具に、ヘッドライト姿で、白い息をライトで照らしながら、せっせと、ルアーを投げる。
 
 僕は、熱い珈琲をポットに入れて持参するが、オージーは、ビールなどのアルコールで体を温めることが多い。
 1日多くて3匹。
 誰も釣れないことも当たり前のようにある。
 
 それでも、せっせと通うのは、何年も夢見たジューフィッシュがそこにいるからだ。
 ジュークラブでは、釣り場で、ルアーなどの釣具を共有する。
 秘密結社的に結ばれた友情は、普通の社会生活の友情とはケタ違いに強い。
 
 誰かにジューフィッシュがかかると、その他のメンバーはいっせいに自分の釣具を引き上げ、貴重な1匹を全員で釣り上げる。
 そこには、あうんの呼吸が存在する。
 
 そういう、釣りもある。
9 親父  14.09.2005
 
 僕の親父は釣りが下手 だった。
 僕が小学校低学年の頃、日曜日になると、親父は、「朝の4時からいつもの防波堤に釣りに行ってる」という書置きを残していた。
 
 朝の8時頃に目覚めた僕は、手ぶらで、親父の様子を伺いに、自転車で防波堤に向かう。
 防波堤に到着すると、親父は竿を4本くらい並べて、黙ったまま、腕組みをしている。
 
「釣れた?」と僕が聞くと、決まって親父は答える。
 「あかん。今日は潮の向きが悪い。竿がピクリとも動かん。」
 
 そこで僕が、親父の竿を1本借りて、防波堤の、コンクリートの割れ目に、仕掛けをそっと落とすと、一発で、魚が釣れたりした。
 親父は「帰れ!」と激怒した。
 
 そんな親父が、僕が小学校高学年になる頃から、親父の仕事仲間の釣りの達人方にお願いして、僕を達人方の釣りに同行させてくれた。
 
 鮎(あゆ)の友釣り、山女(やまめ)の渓流釣り、石鯛(いしだい)の磯釣り、箆鮒(へらぶな)釣り、鯉(こい)釣り、黒鯛(くろだい)釣り。。。
 実家の神戸からはずっと離れた山中や、日本海、四国まで、僕は達人方に同行した。
 
 そういった、所謂玄人向けの、専門的な釣りをする親父の仕事仲間は、僕に、一流の釣具をくれて、最高のコツを教えてくれた。
 無垢な子供であった僕は、その一つ一つを一生懸命受け入れた。
 
 そのおかげで、僕自身は、高校生になる頃には、かなり色々な釣りをマスターして、兵庫県釣り連盟の少年部部長、という肩書きまで持って、大人の釣り名人と名刺交換をしたり、釣り雑誌への記事を書き始めるようになったりした。
 
 その、高校生の頃、あいかわらず釣りの下手な親父が、僕の誕生日に、僕の幼少からの釣りの記録を全て書き込んだノートをくれた。
 そんな記録をつけていたことは全く知らなかった僕は、親父に聞いた。
 
「釣れた時は、釣れたって言ったかも知れへんけど、釣れんかった時は、そんなん言ってへんのに、何で、釣れんかった記録までわかるん?」
 
親父は笑いながら答える。
 「釣れた時は、帰るなり、今日、何匹釣れたって言うやろ。
 でも、釣れんかった時は、しょげて帰ってくるから、すぐ分かる。
 そんな時は、聞かんでも、ゼロ匹、って記録しといたんや」
 
 まさに、鋭い洞察力である。
 そんな親父は、定年退職する頃、体を壊して、お医者さんから、「潮風にあたると、病気が悪化するから、釣りは止めなさい」と宣告されて、お袋にもハッパを掛けられ、一切の釣りを断念した。
 
 僕がオーストラリアに住んで14年になるが、数年に一回、神戸の実家に里帰りすると、決まって親父は、
 「昨日、釣具屋さんに聞いたら、今、鱸(すずき)が釣れてるらしいで」
 と、僕に釣りに行かせた。
 自分は釣りをしないくせに。
 
 今、僕は、オーストラリアで釣りを職業にしているが、親父の存在は、あまりにも大きい。
 
10  The winner is 。。。 02.10.2005掲載

 1991年からオーストラリアに来て、一番釣りたくなったのが、オーストラリアンバスという魚だった。
 日本で害魚扱いされ始めているブラックバスはアメリカ産だが、オーストラリアにはオーストラリアンバスという、ルアー釣りの対象魚が、在来種として存在する。

 オーストラリアに来た当初は、日本で覚えたブラックバスの釣り方でオーストラリアンバスに挑んだが、木っ端微塵に僕の釣り師としてのプライドをぶっ壊された。
 来豪3年間、どんなに頑張っても、オーストラリアンバスが1匹も釣れなかったのだ。

 それが、ようやく初めての1匹目が釣れ、川中にシュノーケリングで潜ってバスを観察したり、釣るための道具や釣り方なりを研究したりした。
 岸から釣ってると、どうしても限界があるので、ゴムボートを買った。
 それが、病み付きになって、一人用のカヤックも買った。

「釣れる」

 カヤックで釣りをし始めると、ますます釣れるようになり、お金を貯めて、ボートまで買った。
 小さな、2人用のアルミボートに、2.5馬力という、ボートのミニチュアみたいなやつだ。
 そして、オーストラリアンバスの釣りトーナメントの存在を知り、なけなしの貯金で、トーナメントに出場できる大きさのボートを買った。

 シドニーから西へ50KMほど走ると、観光で有名なブルーマウンテンの麓を南から北へ向かって流れる川に、ネピアン川というのがある。
 このネピアン川には、太古の昔から、天然のオーストラリアンバスが生息している。

 2005年9月18日、そこで、初の本格的トーナメントが実施された。
 普段どおりに釣れ、結局トーナメントの6時間で僕は13匹のオーストラリアンバスを釣った。

 トーナメントに参加した35人の地元のバス釣りオージーは、その腕自慢ばかりが集まっていたので、みんな、今日は10匹前後は釣れただろう、と僕は想像していた。

 ところが、ボートから陸地に上がって、結果発表までの間のBBQを皆で楽しみながら聞くと、殆どの人が釣れていない、という。
 え、もしかして?という希望を胸に、結果発表の瞬間を待った。

「The winner is 。。。」

プレゼンテーターは、名前を確認しているのか、もったいつけているのか、その言葉の後に3秒ほど間を置いた。
 そして、優勝者の名前の書いてある紙を真っ直ぐこちらへ延ばし、

「The winner is Tadashi Nishikura!」

と僕に人差し指を向けた。
 僕は思わず

「やったー!」

と日本語で叫びながら右手でガッツポーズを作った。
 その帰り道、ひとりになった車の中で、僕の涙は留まることを知らないくらいに流れ続けた。
11  モス    02.10.2005

 今朝珈琲をすすりながらタバコに火をつけると、部屋の中をモス(蛾)が飛んでいた。

「お、もう、そんなシーズンか」

 このモスは毎年10月前後に北から南へ集団で大移動をするが、風の影響で、シドニーの町を覆うかのように大量に降り立つことがある。
 僕の好きなネピアン川のオーストラリアンバス釣りでは、このモスがシドニー付近に大量に降り立った時、特別な釣り方で、釣る方法がある。

 日本ではトップウォーターゲーム、通称トップ、オーストラリアではサーフェイスウォーターゲーム、通称サーフェイスと呼ばれる釣り方だ。
 ルアーというプラスティックやセラミックで出来た疑似餌をモスなどの昆虫や水面でもがいている小魚に見せかけて釣る方法である。

 水中に沈めるのではなく、水面をもがき苦しむ<餌>を演出する。
 前日に天気予報で「明日は南西の風強く」などの情報を得ると、その風によってモスが落ちる川の面を予想できる。
 モスが大好物のオーストラリアンバスは、よりモスが落ちそうな場所で待機しているのだ。

 釣り場に着くと、案の定、川面に落ちたモスをオーストラリアンバスがバシャバシャと音を立てて食べている。
 僕は、ボートのエンジンを止めて、電気モーターのみで静かに近寄る。

 僕が使うサーフェイスルアーは、バッタを模倣したものだ。
 モスに近い形のものも売ってはいるが、僕はこのバッタルアーが好きだし、よく釣れるので、問題はない。

 サーフェイスルアーの色を気にする人がいるが、実は、釣り人が見えやすければ、何色でもかまわない。
 水中から水面を見上げると、逆光になるので、全ての浮遊物は色を失って、その影だけ見えるからだ。

 これは、想像や伝聞で言ってるのではない。
 僕は、実際に、外のプールに潜り、友人に頼んで水面へサーフェイスルアーを浮かべてもらうと、どんな色のルアーも、ほぼ同一色、灰色から黒の影に見えたのだ。

 あえて色を選ぶなら、黒がいい。
 黒だと、その影がよりはっきり見えるからだ。
 そして、僕は黒いバッタのルアーを大物のバスがいそうなところへ投げる。

 ポチャン、とバッタルアーが川面に落ち、波紋が広がっていく。
 暫く動かさず、そのままの状態で待つ。

 僕は知っている。
 水面下で、その波紋に魅せられた大きなオーストラリアンバスが興味本位でゆっくりとルアーに近づいていることを。

 竿先を小刻みに震わし、ルアーに息吹をかける。
 釣り糸を伝わって、ルアーが震え、水面をもがくモスのような動きになる。

 その時、ルアーの周りをモワーッと水が動いた。
 大物のオーストラリアンバスがルアーのすぐそばまでやってきたのだ。

 僕はルアーの動きを止めて、余分な釣り糸のたるみを巻き取り、魚をかけるための
準備に入る。

緊張の一瞬だ。

「バシャッン!」

 水面を割るようにオーストラリアンバスの魚体が踊り出て、バッタルアーに喰らいつくのが見える。

 すぐさま僕は竿を後ろへ煽って、ルアーの釣り針がしっかりとオーストラリアンバスの口に掛かったことを確認する。

 軽いサーフェイスルアーを飛ばすための細くて柔らかい竿は大物のオーストラリアンバスが掛かると、弓なりに曲がり、その穂先は、水中へ引きずり込まれる。
 水面直下から、水底へ一気に走ろうとするオーストラリアンバスの力は強い。

 何度か、水面まで上がってきては、また水底に走られる。そんな興奮のやり取りが続く。
 とうとう力尽きたオーストラリアンバスは僕の竿の誘導するままにボートに寄って来る。
 右手で竿を高く上げ、左手でランディングネットと呼ばれる魚をすくうアミを用意する。

 大物のオーストラリアンバスがスルリとランディングネットに入った。

 官能的な、至福の瞬間だ。

 はっ、と気がつけば、冷めた珈琲の中に、重力に耐え切れなくなった長いタバコの灰がポトリと落ちた。

いけねぇ!

僕は急いで、仕事へ向かった。
12 クロの恩返し  02.10.2005

 シドニーから100KMくらい西へ向かうと、観光で有名なブルーマウンテン国立公園がある。
 その国立公園から更に少し西へ向かうと、虹鱒釣りで有名な湖が点在する。

 大きな湖は、岸から釣る場合、湖の辺(ほとり)に降りられるところが、数少ない。
 しかも、誰でも降りられるところは、既に虹鱒釣りが盛んで、釣れにくくなっている。
 僕は、湖の辺のプライベートの敷地内にお邪魔して、僕だけの釣り場を確保する。

 僕のシークレットテクニックは、酒だ。
 プライベートの敷地内の地主に会って、ここで釣りたいから、この酒を受け取ってくれ、と地主に渡す。

 ブルーマウンテンの麓で作っている日本酒の豪酒を持っていくのだが、ジャパニーズワイン、メイドイン ブルーマウンテンというと、
「そんなことをしなくても、釣らせてあげるよ」
と地主は微笑みながら、その両手はしっかりと豪酒を受け取ってくれる。
 これで、僕だけの釣り場確保の交渉成立だ。

 そうやって見つけた、ある、釣り場でのことだ。
 昼から、何回ルアーを投げても、一向に魚の反応がない。
 虹鱒らしき姿が、湖の中央で跳ねてはいるが、投げたルアーの届く距離ではない。
 夕方になると、岸際に虹鱒が近寄ってくるかもしれないので、それまで待つことにした。

 そこへ、地主が飼っている黒い毛がふさふさしたシープドッグがやってきた。
 僕は、あまり犬は得意ではないが、このシープドッグは人なつっこそうで、可愛かった。
 持ってきたパンをあげると、最初は食べて、残りは地面に埋めていた。
 太陽の紫外線から乾燥を守って、後で食べる気なのだろうか?

 それから、僕は、そのシープドッグに勝手にクロという名前を付けて、木の枝を投げて取りに行かしたり、おすわりやお手を覚えさせて、遊んだ。

 そろそろ夕日が傾き出したので、僕は釣りの準備をした。
 すると、クロが、もっと遊んで欲しいのか、僕のジーパンの裾を噛んで、じゃれ付いてくる。
 そして、僕が向かう水辺にクロが勢いよく走っては僕の方へ戻って、また僕のジーパンの裾を噛んだ。

「クロ、遊びたいのは分かるけど、今から僕は釣りに専念したいから、そこをどいてくれないか?」

 そういう身振り手振りでクロを追っ払おうとすると、クロは、あろうことか、水辺に立って、片足をバシャバシャと水につけて、僕を見つめて尻尾を振っている。

「おい、クロ、いい加減にしろよ。虹鱒が逃げるじゃないか!」

 僕は怒り顔で、クロに、あっちへ行けっと指図した。
 すると、クロは悲しい顔つきで、クーンと鳴いて、やがて丘へ駆け上っていった。

 よし、これで、釣りに専念できる。
 そうして、スプーンという名の金属のルアーを湖に投げた。
 暫く時間が経ったので、クロがバシャバシャやっていた釣り場に行って、そこからルアーを投げることにした。

 スプーンを投げると、湖面に着水して、ひらひらとそれが水中に落ちていく。
 この、ひらひらした動きが、金属の光沢を上手く活かして、キラキラと煌くのだ。

 ぴーんと張った釣り糸が、ふわっと緩むと、スプーンが水底に着底した証拠だ。
 そこで僕は、竿先を数回上に煽って、一定の速さでリールを巻く。

「ゴツン」

大物の虹鱒特有の感触が、スプーンから釣り糸へ、釣り糸から竿へ、竿から僕の右手へ伝わる。

「来た!」

リールを素早く巻きながら竿を後ろへ引いて、しっかりと虹鱒の口に釣り針を引っ掛ける。
 虹鱒は右へ右へと走り、その動きが止まったかと思うと、今度は水面からジャンプして、その勇姿をあらわにした。

 でかい。
 50CMは越える大物だ。

 虹鱒は5、6回、ジャンプと横走りを繰り返し、僕は登山靴とジーパン姿なのを気にせず、水の中にひざくらいまで入って、虹鱒と格闘する。
 背中に付けたランディングネットを用意して、虹鱒をその中へ導いた。

「やったー!」

 その瞬間、丘の上から一部始終を見ていたのか、クロが丘から駆け下りてきて、嬉しそうに吠えながら、尻尾を振っていた。

まるで、
「ほら、ここで、釣れただろ」
と僕に言いたげな様にも見えた。

 そこに住むクロは、僕の釣りの邪魔をしたんじゃない。
 明らかに、昼間に遊んでくれたお礼として、僕を、大物の虹鱒が釣れる場所に、導いていたのだ。
 クロは、僕が釣りをするために来たことも、昼間に1匹も釣れなかったことも、大物が釣れる場所も、全てを知っていた。

 クロは、今も健在だ。