「どんた句の会」第38回例会の報告
2008年6月13日(金)、6時半より、どんたくにて38回目の例会を行いました。奴山、閑助、一句、かわせみ、夢子、香凛、空耳の7人が出席しました。
さて、「そろそろ近況報告に移りましょうか」となったところで、なぜか奴山の昔話で大盛り上がりをみせた今回の例会。「昔ね、無人島に行ったらね、笑顔でかたまった人が住んでたの。ああいう生き方ってすばらしいなぁ。」と奴山(大真面目)。
昔、日本のプロレス雑誌をぱらぱらとめくっていたら、「今回の大会に向けて、ヨーロッパ中のレスラーがヨーロッパに集まってきた」という一文があり、大きな「衝撃」を受けたことがあったが、私にとって今回の奴山無人島発言はそれにも勝る大きな衝撃。
そして、このプロレス雑誌の一文と奴山無人島発言に共通しているのは、なぜか両者の言いたいことがとってもストレートに、素直に伝わってくるということなのです!とっても、とっても、言いたいことが分かるんです!なぜでしょう。不思議ですね。きっと、その人の純朴さや熱意のようなものがメッセージを伝えるのかな。
そんなわけで、ひとり電車の中で奴山無人島発言を思い出しては必死に笑いをこらえている今日この頃です。
それでは本題。
(1)
近況報告
かわせみ:
前回の例会からあまり時が経っていないような気がするんですが・・・。ここ数週間は「朝起きてしばしボーっとした後はおっとっととと過ぎる毎日」という日々でした。あっ、そうそう、その間、博子先生のお料理教室に参加したのだ!あれは本当に有意義な土曜の午後でした。その日に習ったお料理のうち、画期的な水なし「肉じゃが」をまず作ってみました。ところが、出来上がりが先生のとは微妙に違うの。一回目は残っていた小粒ジャガイモを使ったため、二度目は火加減、そして、三度目の正直で、やっとホクホクの肉じゃがが出来ました。見ていたときはいとも簡単に思えた肉じゃがでしたが、実際に作ってみるとなかなか奥が深いのだ。
それから、いんげんのサラダ。これも3回ぐらい作ってみました。あまり続けて作るものだから、3度目はさずがに売れ行きが悪く、3日目を過ぎても冷蔵庫に残っている常態。味はいいんだけれど色と見た目が悪くなったいんげんサラダをホールミールの薄切りパンをトーストしたものに挟んでサンドイッチにして食べたら、なかなかいけましたよ。
それから、すごく重宝しているのが、鶏の手羽のスープ。あれはいろいろなものに使えて便利。味をつける前のスープを小分けして、そのスープで南瓜を茹でてパンプキンスープにしたら、美味しさアップ、家族にも評判がよかったです。
これから、鍋物が恋しくなる季節。博子先生秘伝のスープがますます活躍しそうです。
そこで、提案。もし、爺爺亭のキッチンを使わせていただけるようでしたら、8月の例会を兼ねて、お料理のおさらいを兼ねて花人シェフによる手料理の会にしてはいかがでしょうか。試食にはご家族のみなさんも参加できるようにして。(妹達よ、どう思う?)もっとも、皆さんそれぞれお忙しそうなので、皆さんの日程がうまい具合に合えばということですが。
空耳:
何ということはないのに、アレヨアレヨという間に過ぎていく毎日。先日は久しぶりに髪を切りに行ったら、美容院のお姉さんに「あなた、4ヶ月は切りに来てないわよ。」と言われ、我ながらショック・・・。一応は女人のはずであるのだけれど・・・私って1年に3回しか髪を切らないんだ・・・と。いやいや、それにしても、隣で切ってもらっていたおじさんはもっとスゴかった。美容師のお姉さんに「今日はどうしますか。」と聞かれ、おじさんは一言、「Just cut short」。う〜ん、良い!
夢子:
時間に拘束されない日々に戻って、つつがなく過ごしております。今は日本行きの計画を楽しみながら立てています。
今年は伊豆半島の下田で1泊、その後鎌倉、横浜、東京へ行く予定です。学生時代の友人たちに会えるのが、楽しみです。
香凛:
週末にカフェで珈琲をすするのが楽しみです。ロケーション、珈琲の味、できればスウィートも充実していて、長居のできる居心地のいいカフェ探しをしています。どなたかおススメのカフェがあったら教えてください。
閑助:
閑なのに忙しい。だから、今回は省略。閑助残日記を見てください。
頭領:
なんの変化もない毎日で、特記事項なし。ソックス君に助けられている日々が続いています。敢えて付記すれば、心理学で言う、追跡行動。
訓吾:
出版に際しては、温かい祝いの言葉本当にありがとうございました。どんた句メンバーであって良かったと痛感しています。店頭にポップつきで紹介されているのを直視できず遠回りしました。
一山越えて気が抜けそうですが、今年も解剖を期に、日々新たな挑戦をしようと気合を入れなおしています。数時間メスの先で「死」の世界を歩き続けた後は、赤く温かい血潮が廻る事の素晴らしさを実感します。生を得て心臓の最初の鼓動力が何処から与えられるのか、との思いめぐらせながらこみ上げてきたのは脳の能力を最大限活かすのは「無心」の時だと思いました。
一年前、十数年ぶりに閑さんと東京で再会した時薦められたのが鈴木大拙「無心ということ」でした。かなり昔挑戦したのに挫折した本でした。今や私のバイブルです。
奴山:
何も無く平々凡々とだらしなく平和におぼれて言うことなし
呉門:
投句の際に随時ご報告申し上げているとおりです。この一ヶ月は、客家の故郷、苗栗県三義郷で見た桐花、相思花、蛍火といった一連の風景、人情、そしてもちろん、台湾最高峰の玉山登頂が特に印象に残っています。それから先週から今週にかけて拙宅(B&B Cremorne
in Taipei)滞在していた友人が、様々な出会いを僕に演出してくれました。そのうちの一つの出会いがきっかけとなり、台北のあるライブハウスで、著名な音楽グループのステージに特別ゲストとして招かれ、2曲ほど歌うこととなりました。自作曲の一部は中国語でも歌えるよう、歌詞の翻訳作業と格闘中です。
ところで、奴山さん、手術の方は無事にお済みになりましたか?アーラヨットっという奴山節が戻ってこられますよう、一日も早い御平癒をお祈りしております。
(2)
選句結果
5票句
大人しい秋晴れの午後サンダルをとろり並べて夏じまいする
かわせみ
ちょっとだけ寂しく ほっとしてる様子がいい。(奴山)
休みの日かな。作者の情緒が「とろりと」によく滲み出ている。でも、夏じまいをするには、まだまだ若すぎる。あれ!なんの話だ?(月光やもり)
この「とろり」にワタシャ、感動!(閑助)
とろり並べるの表現が含蓄深いですね。(投げキッスの追伸に)どんた句三姉妹で魅力的な姉御の姿が目に浮かびます(訓吾)
「今年の夏も終わりかー」なんて言いながら、玄関先でサンダルを干している、女性らしい生活の一こまですね。「夏じまい」という言葉が素敵です。「春じまい」や「秋じまい」では似合いませんものね。夏の終わりだけにある、ちょっぴり寂しい気分が伝わってきます。(夢子)
目ん玉もレンズも二つ 本当は世界も二つあるかもね
空耳
「世界も二つある」という感覚に共感を覚える。自分の知覚が認識している世界とは別の世界の認識の仕方があるような、そんなことをふと思うときが、私もある。「お題」の「めがね」からそこへの発想の飛躍が面白い。(かわせみ)
世界も二つ、うん、そうかもしれないな。でも、視覚障碍の人は、一つの真実を見抜いているのでは、、、、昔、私のクラスにいた生徒のように。(月光やもり)
中国では眼鏡を掛けた人を「四つ眼(四個眼晴)」と言うことがあります。その分だけたくさん、あるいはもっと深く物事が見えると良いんですけどねえ。(呉門)
星は無数ありますが法則は一つ。でも人間世界は本当に二つあるのかもしれないと、この句を読んで思いました。(訓吾)
I think so too. (閑助)
4票句
秋風に子を託するや綿帽子
夢子
ふわふわした暖かい気持ちになります。(香凛)
寒い朝、子を思い遣る母、ここにあり。(月光やもり)
秋に綿帽子を飛ばす植物って何でしょう? かわせみさんの書かれた「タンポポの小さな祈り」を思い浮かべながら、大空に飛び散っていく綿毛を想像しました。(呉門)
郷愁を誘われるなー。夢子さんのお嬢さん二人がずっと小さいままで、夢日記俳句をずっと見ていたいが、それはムリだしーーー。
そうだ!!! グッドアイディア! 夢さんは、次のお子さんを産み、その子が育っていったら、また次の子を産めばいいのだー。簡単なのだー。ワタシャ、点才バカボンのパパなのだー!(閑助)
釣り人に 献立を聞く 秋の浜
夢子
夢子さんと一緒に歩いていたときに会った釣り人の叔父さんを思い出しました。きっとあのときのことかな?(香凛)
釣り人は各々の魚の料理方を知ってるものです。(奴山)
何かほっとする長閑な秋の光景ですね。献立になるような魚が釣れているということですよね。竿游さーん、元気ですかあ?(呉門)
何気ない日常の楽しさに癒される一句。(空耳)
寝るときもちゃんと眼鏡はかけてるよ
夢であなたと出会えるように
空耳
気持ちは分かる。でも、ただ寝ぼけているだけじゃないの?(月光やもり)
この話しかけるような軽やかさと、普段着で語る素直さが空耳さんの詩の魅力ですね。会いたい気持ちが伝わってきます。(夢子)
かわいい!でも、寝返り打ったときに、眼鏡がつぶれちゃいませんかぁって心配してしまうのだ。(呉門)
これ、同居人の方への思いをつづったものでしょ? またまた、裏山爺い。(閑助)
3票句
手洗いと 書いてあるので 石鹸つけて
便器の中で 洗ってみたら
信じよう あなたの人生 運が来る
奴山
いいね。こういう都々逸を目にすると、以前、足湯電動マッサージ器で、顔をマッサージしたら、ワイフが横目で軽蔑してた姿を思い出す。(月光やもり)
アハハのハ。可笑しくて楽しい。(空耳)
五月の雪
詞・曲:来雷軒呉門
とってもやさしい詩ですが、ちょっと寂しい感じも。(香凛)
曲をつけたいですね。(奴山)
いいねー! このような詩がつくれる作者が裏山爺い!(閑助)
なあんにもない週末りんごを一袋
夢子
さわやかです。(奴山)
どなたがどんた句三姉妹の末っ子ですか?いずれにしても皆さんが重なって見えます。(訓吾)
やさしいお母さんが抱えているリンゴのふくろ。これぞ、お袋?(閑助)
泣いたこと隠す真冬のサングラス
かわせみ
こんな事もあったけな。こちらの葬式はサングラスしてますね。(奴山)
何とも切ない気持ちになります。(呉門)
「ハグ(呉門さんお得意の?)したくなるような、かわいいせみさん」、とどんた句の例会で言ったら、閑さんにはハグは似合わない、とご本人から一言。あーあーあー! ネコでも飼ってハグでもしようかなー。(閑助)
竹の鉢 倍にしたら 倍に伸び
閑助
「ポストが人を作る」という言い方がありますね。最初は自分じゃこんな役目は無理だと思っても、その役目に相応しい自分に変わっていくということはよくあります。竹も人も同じですね。(呉門)
何処までも拡がる作者の「地下茎」を感じます。(訓吾)
シドニーの鉢で吾も倍にのび。(奴山)
今日の月釈迦が覗きし眼鏡かな
夢子
お天道様が見ているという表現があるように、お月様にだって見られているのだろう。そのお月様をお釈迦様の眼鏡ととらえたところが面白い。(かわせみ)
理由無く良い。(奴山)
物凄く鋭い句に驚きました。(訓吾)
2票句
一生のお願い 何度も使う ほんに憎めぬ ずるい人
dodo its one
奴山
うまい!奴山さんの軽やかに生きるセンスが素敵です。(夢子)
奴子ワールド、快調、開帳、諧調。(閑助)
雨風に負けるも命運(さだめ)五月雪
呉門
5月の雪とは面白い。(奴山)
台北の雪でしょうか。命短し恋せよ乙女、と。それに、運不運、幸不幸はあざなえる縄のごとし、塞翁が馬、と。(閑助)
相思花の散りて思いし人の在り
呉門
ロマンチックな句ですね。桐の花はどのように散るのでしょう。「桐の花」ではなく「相思花」という名前を使うことによって、作者の心象と重ね合わせているのでしょうか。(かわせみ)
相思花、山吹、ケナリ、春の山野を染める鮮黄色の花は、在りし日の思いを語ります。この句は私の中にある、ある想いを表しているようです。(月光やもり)
怖ろしき夢に目覚めし深更 窓に月あり 共にあり
訓吾
悪夢から目覚めたら月が見えて、その月と共にあると感じるところが、いかにも作者らしい感性だと思います。「窓に月あり 共にあり」と繰り返すことで、安堵感をうまく引き出し、前半の悪夢の緊張感との対比も効いていますね。(かわせみ)
ユング世界から大拙世界へ。分析から無分別へ。訓さん、いいねー!!!(閑助)
見えなくて 幸せだった 旧(ふる)眼鏡
閑助
ぐっとくるな。そのとおり。私も眼鏡を外して周りを見たい。でも、それは嘘になるな。掛けようが外そうが、周りは見ているのだから。(月光やもり)
意味深な一句ですね。目をしっかり開いて真実を見なければ、と思うと同時に、敢えて目をそらしたくなるような現実もたくさんあります。見るのか、見ないのか。そういった「ジレンマ」が正直に表現されているような気がします。「旧眼鏡」を発想の拠点にそういったことが表現されているところもおもしろいです。(空耳)
古ぼけた老眼鏡を拭きながら 老父の人生ふと蘇る
訓吾
「古ぼけた」という言葉のどこか温かい響きがいいですね。自分の姿と老父を重ねている作者は、「懐かしい」と思える幼少時代を過ごされたんだな、と思いました。(夢子)
お互いに、その老父の歳になりましたねー。もう少し、もう少しですねー。(閑助)
眼鏡掛けやっと見慣れた顔となり
呉門
はい私のことです。(奴山)
その人の一部となっためがねの存在を「見慣れた」という言葉がうまく表現していると思います。自分でみる自分の顔も、めがねがないと何か足りないような気分なのでしょうか。(夢子)
眼球の清浄ままならぬゆえ朝ごとに拭く眼鏡(がんきょう)レンズ
かわせみ
この気持ちよくわかります。眼鏡が汚れていると、気持ちも淀んで、思考能力も落ちる気がします。(呉門)
これ、私の癖でもあるのだー。見えないから、眼鏡が汚れているのではないか、とつい何回でも眼鏡を拭いてしまう。おたがい、歳ですねー。
あははのは。(閑助)
ゆっくりと過ぎにし頃や虫めがね
かわせみ
「虫めがね」ってとっても懐かしい。小さい頃はいろいろなものを覗いてみたけど、いつの間にかそんな好奇心もどこかに置き去りにしてしまったのかも。(香凛)
探偵ごっこもしました。(奴山)
夢で逢ふ水中メガネのわたくしを大笑いするヒラメのあなた
かわせみ
水中眼鏡をかけシュノーケルをくわえながら遊泳するかわさみさんを想像し、不謹慎なヤツだなとヒラメを叱咤しつつも、やっぱり大笑いしてしまいました。(呉門)
ワタシャがヒラメなのだー! どうだ! 夢の中まで押しかける閑助なのだー!(閑助)
シューマツや 如何過ごすか おらが冬
閑助
先月は確か「シュッパーツ」だったと思いますが、今月は「シューマツ」ということで、これもカタカナ書き。このカタカナ書きが新鮮で効果的ですね。お仕事を始めた作者は、これまでとは違った新鮮さで「シューマツ」を迎えているのかもしれません。(かわせみ)
シューマツは「週末」?「終末」?寝て過ごすか、行動するか。(呉門)
ずり落ちる眼鏡の上に優しき目
呉門
父の、鼻の先にひっかかった眼鏡を思い出しました。(香凛)
めがねが隠す優しい目。奴山さんの句「めがね外して」と対になってユーモラス。(訓吾)
ミニクレモン 一人でそっと
眼鏡とる
空耳
本クレモンも毎日一人でそっと眼鏡とっています(笑)。(呉門)
これ情景が浮かんで、おかしくて、独り笑ってしまった。呉ちゃん、寝るときは眼鏡を取っている? どんな顔して寝てるのかなー? (閑助)
メガネとり 見えぬ振りして 空ットボケ
奴山
(6番と共に選句)手術を避けられないと言われた奴山さんの思いをなぞると、この二つの句が迫力をもって躍動しました。(訓吾)
奴さんらしい、というか、おもしろい。(香凛)
1票句
けむとれいる?事実なら空恐ろしき
かわせみ
ケムトレイル初めて知りましたマジビックリ。ほんとに事実なら恐ろしい。(奴山)
60兆 細胞群は無を悟り 主(あるじ)の吾は 求め続けた60年
訓吾
私のためにどうも。(奴山)
アジサイの季節(とき)は来たれど 夢老いた お百度まいりの老婆なく
訓吾
昨年訓吾さんが詠まれたあのお婆さんのことでしょうか。合掌。(呉門)
見あげる空(そら)の安らぎは くう(空)と読む寛容
訓吾
理性ではなく感性でもなく魂に響く詩です。(呉門)
空の気が そだて育む生命なら 生まれながらに空の味知る
訓吾
般若心経ですね。(奴山)
蛍火の懐かし客家(はっか)の里の暮れ
呉門
人のいる温かさと微かな光 瞼に再現します。(訓吾)
女人好き 三爺爺つぶやく 秋の宴
閑助
もしかして俺も入ってる。それなら選句。(奴山)
度と形 変遷たどれば鮮やかに 瞼に浮かぶ己の痕跡
訓吾
その時代、時代を振り返ると、確かに眼鏡の変遷は自分の履歴書のようです。先ほど自分でも数えてみましたが、高校時代に眼鏡を掛け始めてからたぶん今が7代目です。昔、「眼鏡は顔の一部です」という眼鏡屋の宣伝文句がありましたが、そんな感じですね。(呉門)
これまでに眼鏡いつくかこしらえた あといくつほどこしらえるのか
かわせみ
そうですか、男じゃないの。(奴山)
縁結び神 ほんとに居るなら 連れて来て 私のメガネにかなった人
奴山
ホントに連れて来てほしいです(笑)。(呉門)
山頂でグラサン取れば自然色
呉門
サングラス外して見ると、まさに天然色ですね。(訓吾)
老眼鏡誰が名付けたヤな名前
呉門
新しい名前考えよう。(奴山)
飾りをば 人生錯覚 朽葉舞う
閑助
いつも心に届きますね。(奴山)
授かりの 今日一日や 目玉焼き
晩秋や 馬骨佇立して あははのは
閑助
清澄なるかな馬骨屋閑助さん!に尽きます。(訓吾)
退屈な話にうとく頷きつ気になっている眼鏡の曇り
かわせみ
メガネが有効な小道具になる、時々経験する場面です。言葉の画家さんが使うとこんなにうまく表現できる事に感心します。(訓吾)
コンタクトもはや似合わぬ顔となり
呉門
これ、作者が男性なので面白い。こういう視点は女性の視点と思っていたので。私も20代のころは、眼鏡が似合わないと思って、コンタクトをしていたのだけれど、目に異物を入れるという感覚があまり好きではなかった。コンタクトをしたままお酒を飲むと、このままもし酔っ払ってコンタクトを外し忘れたらどうしようという恐怖感があって、たいていお酒を飲むときはコンタクトを外していた。外で飲んでいて、コンタクトが外せないようなときは、帰宅してコンタクトを外すと、すごくほっとした。そんな無理をしながら、コンタクトをしていた頃が懐かしい。(かわせみ)
小糠雨少々濡れて行くも良し出勤族の傘を擦り抜く
呉門
「春雨じゃ濡れていこう」じゃないけれど、ちょっとかっこいい。(夢子)
天の目は 雨天晴天 昼も夜も 眼鏡不要の千里眼
訓吾
人間って、小さいですよね。でも、人間をやめられないから、、、(月光やもり)
雪肌に クリスチャニアで 執刀する
奴山
「雪肌」って「クリスチャニア」って、奴山どうぞ解説してください。(かわせみ)
(敬称・敬語省略:書記:空耳)