Bellのオーストラリア生活

ここのコーナーでは、Bellのオーストラリアでの移住生活について書いてみます。
エッセイを書こうと思ったけど、やっぱり私には無理みたい(笑)
とにかく、これを読んで、Bell達、オーストラリアに住んでいる日本人がどんな暮らしをしているのか?
が、ちょっとだけ、分かっていただけるのではないかと思います(^.^)。  
日本の情報がほしい…(;_;)
オーストラリアが本当に好きな理由(^.^)
オーストラリアの結婚式のあり方(^.^)
いつものクリスマス風景(その1)
Bellのお仕事について(^。^)
いつものクリスマス風景(その2
最初はびっくり!今は慣れた??
1年に一回のゲイのお祭り『マルディグラ』とは??2005年3月5日

我が家にNHKが戻って来た<1999年1月1日>


やっとデジタルの機械を買った(^.^)v。
これで毎日ニュースが見れるんだーー。やっぱり、日本の事はリアルタイムに知りたかったので、とっても嬉しい。 本当にニュースだけしか見れないけど、ま、それで我慢するとしよう。デジタルをキャッチする機械で1150ドルもした(涙)。アンテナだけは前に買っておいたので(1400ドルだったかな?)、これ以上の出費は無くて済んだけど、もしニュース以外の番組も見たいとなると、あと2000ドル以上はかかり、尚且つ、毎月NHKに受信料も必要になるわけで、どう考えてもそんなに贅沢できないーーー(涙)。それにそうしたら朝から晩までNHK浸けになっちゃうし(笑)…。 それもこれも、NHKさんがデジタル放送を始めたから。(いきなり"さん"づけ)

以前はアナログ放送だったので、2,5mくらいの大きさのパラボラアンテナを買うと受信出来たのに、我が家がそれを買ってから数ヶ月後、なにやら不思議なテロップが流れた…。
『この放送は、個人向けに発信しているものではありません…』
えええ???どういうことだろ???

要するに、オーストラリアでも『オプタス』という会社が放映権を買っていて、『オプタスビジョン』という衛星放送番組を持っているんですが、そういう所向けに発信しているという事だった訳。 そうか…そう言えば、日本でNHKを見るのには受信料がかかるものなぁ…なんて納得。ってことは、私達はずっと不法に放送をキャッチしていたという訳??(-_-;)
そして、その後数ヶ月でアナログ放送は無くなり、全てデジタルになった。で、この度デジタル専用の受信機が必要となったわけです。

我が家は昔から、『どうにかして、日本の情報が得たいーーー!!!』と考えていて、今から12年くらい前には『海外にいても日本の海外向けの短波放送が受信できるラジオ』というのを買ってきてます。その時は"ガーーーーガーーーピーーーーピーーーー"という音の中に、お相撲中継の声を聞いた時には主人と"やったねーー♪"なんて喜んでました。これで、、毎日日本のニュースが聞ける!!!そして、その後数年で、今度は日本の企業が(テレビジョン・オセアニア)NHK受信を出来る会社を作ってくれて、我が家はすぐに受信!!それに、これはNHKニュースだけではなく、日本で人気のドラマまでやってくれて大感激!"柊又三郎"や"かみさんの悪口"など、楽しく見ました。な・なのに…この会社は、その後個人向けには受信のサービスを行わない事になり、ガックリ(涙)。そしてその頃出来たのが『オプタスビジョン』。それなら今度はそれに入ろう!と思っていたら、我が家の地域にはケーブルが来ていない(涙)。それで、まず『***に住んでいる者ですが、いつになったらケーブルが来ますか?』と聞きました。すると『そうねー、4週間後くらいかな?』との返事。じゃあ、それなら待とう!と待つ事2ヶ月。おかしい?まだケーブルがひかれない。そこでまたもや電話で『いつなのー?』と尋ね、その度に『うーん、あと6週間』とか、『いつになるか、分からないんで調べ次第、電話するから…』『まだそこの場所にケーブルが行くのには許可が出ていない…』だの、なんと2年!!!よくも私達もそんなに待ったもんだわ(笑)。で、業を煮やしてパラボナ・アンテナを買ったんです。それからは、最初に書いたようになって…っていう具合。あーあ、我が家のNHK受信にはこんなに長い苦労話があったんです。この頃はインターネットでも情報は入ってくるし、随分と楽にはなったけど、やっぱり動く画像で見たかった(笑)。随分と長いお話でした。

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この家族がいるからこそ、もっと好きになったオーストラリア<1999年1月1日>


Bellのクリスマスはオーストラリア人の家族と一緒に過ごす、毎年恒例のもの。 ここで、どのようにして私達がPat家族と知り合ったか書いてみます。

Patというおばあちゃまは、もう70才を超えています。でも、とっても気さくで話しも楽しいし、私の主人は『Patさんは天使のような人』って形容しています。 10数年前、結婚してこちらに移住してから3ヶ月目くらいの頃に、私はPatとTedにCircular Quay のFerry乗り場で知り合いました。その時、そのオーストラリア人夫婦は日本人の女の子2人を連れていて、お互いに意志の疎通が出来ないようで困っていたんです(ホームスティの初日でした)。
私はそこで、(自分だってそんなに英語出来ないくせに(-_-;))どうしたんですか?と話し掛け、それがきっかけでお友達になったんです。お互いに電話番号を交換して、1週間後にはバーベキュー・パーティに招かれました。『水着を持ってきたら良いわよー!』って言ってくれたんですが、何の事だか分からず(笑)、それまでの知り合いでプールがある家は無かったものですから(@_@)。

その時のパーティは今でもはっきりと覚えています。息子・娘夫婦も子供を連れてきていたり、友達なども来ていて総勢20人くらい。みんなに紹介されて(でも、名前が覚えられない(笑))ワインを飲み、笑い、ちょっとでも私が席を立とうとするものなら『どうしたの?何か飲み物ほしいの?ダーリン(^.^)』なーんて言われて『おおー♪』って感動しました。女性はただ座っているだけで、男性がせっせと働いている。バーベキューをしているのもエプロンつけたTedでした。主人がちょっと席を立とうとすると、近くに座っている女性から『悪いわねー、これもさげておいてくれるー?』って、食べ終わったお皿を渡される(^.^)。ああ、なんて良い国なんだろうって思いました(笑)。

それからは、日本人の子達をホームスティに迎えるたびに電話がかかり『遊びにいらっしゃーーーい』『これが私のお友達よー』って、紹介してくれました。そして、その年のクリスマス・パーティに招かれてから、毎年恒例になったんです。クリスマスというのは、家族で祝う、家族が集まる大切な日、そこにいつも居る事の出来る私達はとっても幸せで、何事にも変えられない『宝物』です。

彼女達には6人の子供(三男三女)がいて、孫も沢山…。最初は名前を覚えるだけでも大変でした。それぞれが皆良い人達で、私達夫婦は彼等がいたからこそオーストラリアがもっと好きになったんです。勿論、我が家に招く事もありますが、殆どはPatの家でくつろいでいます。2年前にご主人のTedが亡くなった時は、主人も私もショックで、思い出しては涙してました。今は、その後に産まれた孫や、結婚した孫もいて、Patの家族は子供6人にその伴侶、孫14人プラス1(一人昨年結婚した)の計28人です! 英語の言い回し等が分からない時はPatに聞き、スキーに行く時は 雪山近くにスポーツショップをしている 長男Bruceの家に泊まらせてもらい、家を買った時は、Tedに値引き交渉をしてもらい(約60万円も値引き成功(^.^)v)、料理が上手なPatやAmanda(次女)のDinnerは最高だし(この家族の食事を見ていると、オーストラリア人ってなんて料理が上手なんだろう…って思ってました)、困った時はPolicemanのRay(長女の夫)がついているし(笑)、義妹の結婚式の時には可愛いSophieとMathew(孫)にフラワーガールとページボーイになってもらい、親戚たちが来るとアフタヌーンティーをご馳走になりに Home Visit体験をさせてもらい、孫の結婚式の時には招待されて 本当に素敵なひとときを過ごしました…し、 我が家の下宿人の英語と日本語のExchange LessonにはMathewが来てくれ、、、という具合に、私達の家族のような人達です。
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BIancaの結婚式物語<1999年1月1日>


Patの長男Bruceの長女、Biancaが結婚しました。ここに、どんな風に結婚式が運ばれていったか書いてみます。

まず、招待状も素敵だったんですが、面白いのは、その中に『私達へのプレゼントを考えている方へ…リストは**デパートに置いてあります』っていう感じで、二人が予めほしい物をリストにまとめてあり、そこのデパートに行って二人の名前を言うだけで、コピーしてくれるんです。そして、既に誰かほかの人が買っていった物は、リストから外していくので、プレゼントがダブる事も無い。プレゼントは安い物から高い物まで沢山選んであるので、予算に応じて選べます。 日本人のカップルと随分結婚式のあり方も違います。 私達が二人のために選んだプレゼントは『可愛らしい柄の陶器で出来たBathroom小物』でした。 それを決めるのに何時間かかったでしょうか…だから、リストがあって本当に良かったです(笑)。

又、そのプレゼントは自分で持って帰っても良いし、配達もしてくれます。その時の結婚式はシドニーから片道6時間くらいある町での事だったので、配達にしてもらいました。 結婚式の当日は早く家を出て、16時からの式に間に合うように行きました。思ったよりも早く着いて、新婦の家でお茶を飲みながら待って、ブライドメイド(新婦につく女の子達)の人達のメイクアップを見て、それから式場へ。教会は丘の上にあり、景色も最高!天気も最高!
Biancaは、Snowy Mountain(シドニーから一番近いスキー場として有名。オーストラリアで一番標高の高い山“マウント・コシアスコ”がある)では有名な資産家の家にお嫁に行きました。スキーに行った事がある人は、Lake Jyndabane の辺に立っている、Jasonのおじい様の銅像を見る事が出来るでしょう(笑)!

バージンロードを歩くBiancaを見た時は感動で、又、横を歩いている新婦の父Bruceの顔が忘れられません。 式の間は、頂いた挙式の案内を見ながら讃美歌を歌ったり、みんなで唱える事は唱えて(うーん、難しい(@_@))、そして…壇上で従姉妹の女の子が読んだ詩は私には難しかったけど、奇麗な発音で、彼女が選ばれたのも納得。みんなで参加した挙式…という感じでした。

その後のレセプション(披露宴)は、車で行き、新郎新婦が写真を撮りに町のあちこちに行っている間、みんなで先回りをして、新郎新婦を迎えるようになってました。ちょっと時間があったので。会場の隣のバーに行くと、みんなが飲み始めていて、私達もBeerを飲みながらカナッペを頂き、そろそろ会場に!し・しかし…予定時間の19時になっても、全く2人は到着せず(一緒にフォト・ツアーに行ったブライドメイド達も帰ってこない)待つ事1時間以上…(笑)。結局20時を随分回ってから、やっと2人がやってきた時には誰もが一安心(笑)。その後は本当にアットホームなパーティでした。

スピーチする人の数はそんなに多くはなかったけれど、アトラクションが入ったり、歌を歌う人も出たり、冗談が随分と多かったような気もしますが、和やかな雰囲気の良い時間。それなはんと、夜中まで続きました。 この企画が素晴らしいと思ったのは、レセプションをしたのが、冬にはスキー客で賑わう、ロッジタイプの宿泊施設に隣接する会場だったんです。そして、招待状を頂いた時に、その中には『もしよろしかったら、ここのロッジに泊まりませんか?』と、住所や電話番号、それから1泊いくら…かと全て書いてありました。通常、夏には閉まっているこのロッジ自体を、このパーティのために開けてもらっているんです。だから、ロッジ内にいる人達はみーーーんな、2人のために集まってきた仲間!総勢200名以上の人が、みんな同じ仲間っていうかんじで、とっても楽しい。(泊まったところも奇麗な場所で、それぞれの部屋にはダブルベットが一つと、二段ベットが二つ。そこには4人で予約して、朝食付きで一人5000円程でした。)

夜は遅くまでパーティが続き、外に出ると満天の星。いったい何時まで続いていたんでしょう??(笑)。私と主人は途中でダウン。でも、その時点で翌日になってました。朝はお散歩に行きましたが、ちょっとその前に車で走ったら、野生のカンガルーがピョーンピョン。うーーーん、自然が一杯!!!朝食会場に行くと、みんな爽やかに『Good Morning!』と素晴らしい笑顔。みんなでゆーーーーっくりと朝食をとって、そしてそれぞれ家路について行きました。とにかく、オーストラリア人同士の結婚式には出たのが始めてなので(どちらかが日本人というカップルは多いのだが)色々感動ばかりでした。こういうのって良いなぁ!

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いつものクリスマス風景(その1)<1999年1月24日>


まず、南半球のクリスマスは当然の事ながら暑いんですね。それも、熱いくらい (笑)。 ですから、サンタクロースも『海水パンツ』はいて、『サーフボード』に乗ってやっ てくるって言われてます。 クリスマスカードも可愛いのが多く、ビーチで甲羅干しをしているサンタさんとトナ カイ。 付け髭をはずし、涼しくなったサンタさん、、、等などです。 11月に入ったくらいから町の中にツリーがお目見え。 (以前は10月からが多かったのになあ) オフィスビルなどの玄関口、それぞれのオフィスにも必ずツリー。 無かったら社員が怒るって言ってました。

ここに、Bellの典型的なクリスマスの日の過ごし方を書いてみますね。 クリスマス’98

もうお馴染みの(笑)オーストラリアの家族『Patさん一家』 と過ごしている、私の毎年恒例のクリスマスの日の事です。
大体がクリスマスは家族で祝う日。 だから、よほど遠くに居ない限りは家族全員が揃います。 (総勢30名くらいの家族&親戚が集まります。) いっつも専らプールサイドでパーティです。 ランチはみんなでBuffet形式。ターキーの他に私の大好物は『ローストポー ク』。 特にじーーーっくりと焼いたそれは美味しくって、回りの皮の部分は別に食べます。 これが私のお気に入り。カリカリでまるでお菓子のよう♪ その他に色々な付け合わせのサラダ…フルーツ、パスタ、フルーツ、ケーキ…等な ど… がテーブルの上に所狭しと並んでいます。 お食事を作るのは女性なんですが、バービー(BBQ=バーベキューの事です)の係り は、やはり男性。 エプロンつけて、流石にキマッテます(笑)。 それで、一仕事終えた女性陣はプールサイドでワインとビール飲みながらケタケタ 笑ってるだ け! せっせせっせと働く男性を横目で見ながら最初 は悪いなぁ… なんておもっていましたが、この頃は慣れました(^。^)v

それで、何と言っても楽しみはプレゼント♪ツリーの前にはプレゼントの山、やま、 ヤマ…。 それぞれのカードに名前が書いてあり、一番お茶目な子供が、それを本人に届けま す。 まず大人が『次の細長いプレゼントは誰のかしらぁ〜、何が入ってるのかなあ…、 えーっと、ニコール、あなたのよーー』ってな調子で期待をさせ(笑)、 中から何が出てくるのか、みんなでじーーーっと見守ります。 ただ、その時のプレゼントの開け方が凄まじい(@_@) 思いっきり バリバリバリバリ!!!って、破るように開けます。 待ちきれない子供なら分かるんですが、日本のように 綺麗に包装紙を取っておくな んて 考える人はいないんでしょうか??(笑) いっつもプレゼントを開ける儀式で数時間はかかります。

その後くらいにみんなでケーキかな!ケーキも数種類ありますが、日本で見たこと無 いのは オーソドックスな『プラム・プディング』かな。これは、暖かいフルーツケーキ(超  甘い)に、 カスタードクリームをとろとろってかけて食べます。 本当に甘いです、私でも2つは食べれない(@_@) そして、メインイベントが終わると、プールで泳ぎ、又 食べて飲んで。 パーティのはしごをする人も多いので、 (例えば、孫の1人が彼女を連れてくる、そうすると数時間後には今度 その彼女の家のパーティに行く。日本のように2人っきりなんて事は無いです。 その代わり、イブとかは違うけど) そろそろお開きかなー、という夕方には、みんなで ささささっ と 片づけをす る。 で、夜は そこに 残っている人たちで、又 同じ物をたらふく食べる(笑)。 とにかく、笑いと踊りと、食事とアルコール。 幸せな一日です。もう10年以上も同じ過ごし方です。

プレゼントは大イベントなので、今年は何をあげようかなぁ、、、考えるだけでも大変。 そして、この時期にはラッピングペーパーを持って歩いている人が多いので、とって も好きです。 なんか みんな幸せに見えるんですよ♪

又、クリスマスが終わった後の『大バーゲンセール』はすごくって、中には来年の分のパーティ・グッズを買っている方も多いんです。そうですよねえ、何て言っても『70%OFF!』なーんていうのもあるんですから。
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Bellのお仕事について(^。^)<1999年2月3日>


もうご存知かもしれませんが(笑)Bellはツアー・ガイドです。
よく『添乗員さん!』って呼ばれるのですが、それは間違いです。

添乗員=日本から一緒に来て、滞在中のお世話をする人
現地係員(ツアー・ガイド含む)=文字通り、現地でのみの係員の事です。

現地係員のみのツアーの場合、私達は空港でお客様と会ってから観光案内をしたり、ホテルでのチェックイン、空港までの案内とチェックイン…夕食のご案内などをします。 そして、仕事が終わると家に帰ります(笑)。よく、一緒にホテルに泊まっていると勘違いしている方がいらっしゃるんです。一緒に泊まるのは添乗員です。 例えば、添乗員が同行するツアーでの現地係員の仕事は、観光案内が主な仕事で、それ以外の事は、添乗員の補佐をします。

じゃあ、添乗員は何をするの??と言うと 日本出発から到着までのお客様のお世話役で、勿論ホテル(空港)のチェックイン、夕食の案内など、一緒の飛行機に乗り、一緒のホテルに滞在しているので例えば、ホテルの部屋にバスタオルが無いとか、飛行機の中で困った時、通訳をしてくれるとか、必要な時のお世話役と思っていただければ良いと思います。 これで、違いがお解りいただけましたか??

例えば、1999年1月2日のBellの仕事は…
☆ホテルに 6:00に行き、24名様を空港までお連れし、日本行きの飛行機にチェックインする仕事 (仕事終了8:45)
☆10:50 に到着のお客様を市内観光にご案内する仕事(仕事終了 17:00)
☆他の都市から到着するお客様のホテルのお部屋をチェックインする仕事 (17:30〜19:00)

こんな感じで、一日に何人もの方と会い、案内をします。 だから、時々 どこまで、このお客様に話ししたか忘れちゃう(笑)。 この仕事の辛いところは 『毎日、何時にどこで仕事が始まるかが違う!』っていう事なんです。 だから、夜寝る前に『明日は空港に何時までに行かなくてはならないから…何時のエアポートバスに乗るためには何時のバスに乗るって言う事は、何時に起きるくちゃ!』って逆算していかなくちゃあいけないです。

空港ならまだ良いんですが、ホテルだと電車に乗ったり、歩いて何分とか色々もっと考えなくちゃいけない。これが一番大変です。 だから、3日くらい続けて同じ場所から仕事が始まると楽で楽で…! それから、次に辛いのが、仕事の待ち時間が多い事です。 2〜3時間空くのは普通の事で、長い時には朝の仕事が5時から8時で、次の仕事が18時から22時30分…。ただ、これだけ長く空き時間があると家に帰って、一度寝たりっていう事が可能なんですが、下手に4〜5時間空いてしまうと困るんですね。市内で4時間も空いたらいったん家に帰りますが(疲れている時は)空港ではそうも出来ないです、時間かけてお金かけて家に帰っても家にいる時間が1時間半だったら余計に疲れちゃう。

だから、そういう時間は専ら空港のラウンジを利用しています。Bellの入っているのは『Ansett』と『Qantas』です。 どちらもオーストラリアの航空会社で、シドニーにはこの2つの航空会社がそれぞれにターミナルを持っているんです。どちらも入会金がかかり(大体2〜3万円くらい)あとは、一年ずつ(3万円くらい)更新したり、終身会員(一気に10年分支払うとなれる)になったり選べます。Bellは、まとまったお金が無いので(笑)いつも1年ずつ払ってます。

この会員になった最大の理由は『ターミナル内にあるファーストクラス・ラウンジが使える!』事なんです。(勿論、シドニー空港だけではなく、他の都市でもOKです)軽食だったらいつも出ているし…例えば朝ならコーンフレーク、昼ならスープやサラダ…ケーキからクッキー等、夕方はお酒も出るし(笑)(あ、仕事中は飲んでませんよぉー(-.-))、ここにいればお腹空かない。電話もFAXもあるし、インターネットも出来る(但し、英語のWindowsしか無いから、日本のサイトを見ると全て文字化け)。テレビもある、雑誌も新聞もある、シャワールームもあるし、バスタオルとかも貸してもらえる。

おかげでとーーーっても楽に待ち時間が使えるってもんです! ちなみに、その他の特典は 『飛行機に乗る場合のチェックインは、ビジネスクラスと同等で、エコノミーの場所に並ばなくて良いので、スイスイ』 『いつも荷物は早く出てくる(Priority Tag)』『座席の希望がいつでも出ている(Bellはいつも通路側)』…など。このおかげで、どちらの航空会社も『ポイント』を貯めるフリークエント・フライヤーのメンバーにもなれるので、随分と無料航空券を頂きました。みなさんも、よーく読んで、そういう特典のあるメンバーになりましょうー! 日本に住んでいた時、Bellは添乗員になりたかったんです。 どうしてかと言うと、他の人が思うのと同じ理由で(笑)、色々な国に行ってみたかったから。 シドニーに住む事になったので、少し方向は変わったけど、なかなか楽しい生活を送っています。

人が一生に会う事の出来る人の数を、大いに上まっているし、普通に生活していたら、絶対に会えないような方々と会えたりお話できたり、本当に人生勉強になります。 小さいお子さんに『今日はありがとうございました!』なんて言われると、とーっても可愛くって、つい"あんな子供がほしいーー"って思い、ご年配の方でとっても仲の良いカップルがいると "ああいう夫婦になりたいな"って思い、若いのにお金持ちのカップルがいると "なんて人生って不公平なのかしら"って思います(笑)。 プロ野球選手や、Bellの好きな歌手を案内した事もあるし、皆から羨ましがられるような事もあるけど、実際はきついんです(笑)。 人ってそれぞれ感じ方って違いますよね。だから、同じように案内をしていても『ご親切にどうもー』って言われる時もあれば『自分で出来ますから結構です』って言われる事もあります。中には、放っておいてほしい…って思う人もいれば、手取り足取りしてもらわないと心配でどうしようもない…っていう方もいらっしゃいます。それを会った時に判断しなくてはいけない訳だから、段々と人を見る目が出来てくる(笑)。大体、会った瞬間に7割方、3分間一対一で話せば9割方、どんな人かどうか解る特技が備わりました。この特技は、仕事を離れても、色々と便利な事が多いです。だけど、新しい下宿人を入れる面接をする時など、会う子会う子を『良い子だねー』っなんて言うもんで、我が家の下宿人曰く『二人共(主人も入ってます)みーんな良い人って言うから駄目!私がしっかりと見てあげます!』って言われた事もありますからどうだか…(笑)。

まあ、何にせよ、この仕事を初めてからは割と羞恥心が無くなってきたし(笑)、物怖じしなくなったし、何と言っても『気が強くなった』…。日本に遊びに帰るたびに両親に『本当に、どんどんと気が強くなるんだから…気をつけなさいよ!』って言われてます。でも、しょうがないんですよね。いつもニコニコしていたら負けてしまうし(レストランに行って、今日は混んでるから1時間待て!って言われて引いていたら、お客様に申し訳ない)、だから、言いたい事は必ず言う!っていう性格になりました。うーーーん、これは一体良かったのか?悪かったのか??
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いつものクリスマス風景(その2<2004年1月8日>

2003年のクリスマスは、Patの長女のJaneの家で(夜はイルミネーション)

さて、またまたクリスマスについて書いてみます!
いつものクリスマスの風景は変わらないけれど数年前から、プレゼント交換の仕方が変わってきました。
今までは、それぞれの人に、それぞれの人があげる、っている形を取っていたので、まぁ、大変(笑)。
家族が段々と増えてきたPatさん家族は考えました(?)
以前に書いた<その1>から比べると、Pat家族はこの5年でもっと増えた。孫は1組しか結婚していなかったのに、今は、、、えっと、、、合計4組結婚。Patのひ孫は4人になりました。

で、どのようなプレゼント交換にしたかというと、、、ゲーム方式にしたんです!

まず、一人1つ、プレゼントを持ってきます。
(Bellはこの方式で既に3回、プレゼント交換したけれど、最初だけ、いくら位の物!って決めてました。でも、そうなると難しいのか??その後は金額については何もコメント無し!だから、すごいプレゼントは素晴らしいし(^O^)/、違うのは、、、(^-^;)キャンドル2個、なんていうのも有り))

それぞれのプレゼントは、必ず!ラッピングをして、中身が見えないようにします。
でも、中には、クリスマスカードが添付してあって『素敵な淑女へ!』なんて書いてあったりします。

そして、プレゼントの数分(要するに人数分)、くじ引きを作ります。
まず、くじを引き、自分が何番か?しっかり覚えます。
この時に、1番最後になった人はとってもラッキー!!
では、ルールです。

1、くじの1番を引いた人がプレゼントを開く権利が与えられる。開けたプレゼントは必ず、他の人に見せる!
この時、おおー!とか、声が上がる(笑)。誰からとかは言わない、分からない。

2、くじ2番目の人は、新しいプレゼントを開ける。あるいは、1番の人のプレゼントを横取りしても構わない!

3、くじ3番目の人は、新しいプレゼントを開ける。あるいは、1番、2番の人のプレゼントを横取りしても構わない!

、、、となっていくので、くじの順番が遅ければ遅いほど(最後の人は、それまで開いているプレゼント全て選ぶ事が出来る〜)

しかし、、、1度自分から横取りされてしまったプレゼントは、2度と取り戻せない〜。

ここで皆、頭を使う。
例えば、Aさんがどうしても欲しかったプレゼントをBさんに横取りされてしまった。。。2度と取り戻せない(>_<)/
こう言うとき、Aさんは、Aさんのご主人のプレゼントを横取りする。
そうすると、Aさんのご主人が、Aさんが欲しかったプレゼントをAさんの奥様の為に取り戻すって事、、、(^^;)/
最初の年には出来なかった芸当だわ、、、皆頭を使ってるわね。

半分以上の人がプレゼントを開けると、どんなプレゼントがあったか?覚えていられないので、自分の前にプレゼントを置きます。
でも、取られたくない人は、両手で抱えてます、、、(^^;)
横取りされそうになると、叫びます。『駄目ーーー、これは、私のぉーーー』って。
取って欲しい人は『これなんか、良いよーーー!最高の素材のスリッパだよー!』とかなんとか、売り込みます、あはは。

面白いの?が、小学生くらいの子供が取ったチョコレートのプレゼントを、大人がニコニコしながら横取りする事(笑)
いやぁー、Bell達には出来ない(^^;)/
でも、面白い!あはは。
だって、それまでニコニコしていた子供が、一瞬呆然とするんだもん、、、
だけど、それがゲームだから、しょうがない、、、って感じで、おとなしいです。
オーストラリア人は、いつまでも子供の心を忘れない?っていう感じ、ふふ。

勿論、そんな事言っても、小さい子供には、やっぱり皆からプレゼント!ああ、Bellも子供に戻りたい(笑)
BellがPatにプレゼントしたお菓子の家


最初はびっくり、今は慣れた???<2004年6月30日>

お国変われば、考え方も変わる。。。本当に、最初はびっくりしました。。。って、これでは何の事だか分からないですね。
まず、Bellの行っている学校でのお話から始めます。

Bellは昨年からナチュラル・セラピーの学校に通っています。要するに、マッサージやハーブ、癒しや自然療法についての学校です。
Bellは最初「Remedial massage(医療マッサージ)」のフルタイムのコースに通っていました。そこでのクラスメイトは16名。
留学生は2人(二人とも英語圏)だから、英語下手なのはBellだけ(>_<)/
男性は5名、女性12名でした。
最初の授業は「解剖学」、ドキドキしながら教室に入っていきました。まず、自己紹介をしながら。
で、先生が来たら、それぞれの自己紹介。このやり方が、まず違います。

日本だったら、自分の事を全員の前で言いますよね。こっちは、まず、知らない人と2人(又は3人)で組んで、自己紹介をし合います。
その後(大体15分くらい経ったら)今度は、クラスメイト+先生に向けての紹介なんですが、それは、自分が組んだ人の事を
紹介する、という方法です。
「彼女はアレックス、メキシコからの留学生で、まだシドニーに住んで3ヶ月。なぜシドニーに来たかと言うと、、、」ってな感じです。
結構、面白い方法だな、、、と思いました。
自己紹介の後は、授業の進め方の紹介とか、試験、宿題の期限などの説明。それから、授業にはいります。

Bellがびっくりしたのは、これではありません(笑)。
マッサージの授業の時の事です。まず、基本のマッサージ、Swedish スゥエーデン式マッサージの授業です。
部屋に入ったら、ちょっと嬉しかったの覚えてます。だって、Bedが並んでいたんだもの。ああ、本当に習うんだな、って。

BedはSetupしてあります。で、それがそのまま机にもなるので、2人掛けで座ります。
Bellはいっつも教室に着くのが早いので、その時も、後から女の子が「ここ空いてる?」って入ってきました。
「どうぞー」って言いながら、2人でBedやタオル、枕を見ながら「いつからマッサージの実技なんだろうねぇ」なんて言ってました。
先生が入ってきて、例によっての自己紹介。それが終ったら、いきなり

「はい。じゃあ、始めるから。2人一組で、一人は服を脱いでBedにうつぶせで寝てーーー!!」って。

え・え・えーーー????????
いきなり???

それにクラスには男性もいる。
Bellはたまたま女性と並んでいたからラッキー?だったけれど、男女で並んでいた人達はどうするの???って。
そしたら、とっても可愛い女の子(20才くらいのブロンドの女の子)が、スパーッ!と脱ぎました。
上はブラジャーだけになり、下はTバック、、、(@_@)
勿論、Bedに横になったら、そのブラジャーも外しました。
それを見ていた皆は、慌てて右へ習え!

後から(数日後)、仲良くなった30才くらいの女性と話していたら、彼女曰く
「いやぁ、本当にびっくりしたわよ。だって、いきなり脱ぐ事になるとは思わなかったから。。。
私なんて、足の毛は剃ってないし(^^;)、Not ready だったのよーーー。おまけに隣には20才のBoyだったし。。。」って(笑)
そっか、オーストラリア人でもびっくりしたのかー。

だけど、慣れって怖いです。
皆、1ヶ月もすると慣れてきて、誰の前でも平気で下着姿。。。
最初は、バスタオルで巻いて脱いだりしていたのが、そのうち、そんな物必要無くなる(笑)
それも、先生からのお達しで、毎回違う人と組まなきゃいけない。
色々な体型をTryしないといけないから、、、だそうです。そうよね。。。って納得。

それに、教室にそんな格好でいるのに、後から誰か入って来たりで平気でドアが開いたりする。時には外から丸見え。。。
なんだか、Bellの短大時代を思い出しました。
女子のみだったから、問題無いけれど、って思って、脱いでいると(Bellは服装学科だったので、仮縫いとか多かったです)
教室の外を男性が通ったりして、びっくりしていたのを思いだした。

そう言えば、昨年、アマンダと一緒に日本を旅行をした時、温泉にも行ったんですね。
浴室に入っていくときも、日本人のように、えっと、、、前を隠したり(^^;)はしません。
それに、温泉に浸かりながら、顎を両手の甲の上に載せ、他の人を見ているアマンダを見て可笑しくって可笑しくって。。。
誰か他の人が入ってくると、ニッコリ笑うんです。
その事をあとで言うと「なんでー???皆、同じ女性じゃない。みんな同じよー。恥ずかしい事なんて全然無いのに」って。

そう言えば思い出した。
ボンダイビーチとかにある更衣室。それは、シャワーと一緒になっているけれど、お手洗いとは違って、ドアは無い。
要するに、丸見え。そこで皆、シャワーを浴びて着替えをする。
日本人は、なぜか?こそこそしちゃうけれど、こっちの人は違います。

今から、Bellの学校に入学しようかなーって思っている人がいたら、こんな感じになるよーって、先に言っておきますね(笑)
特に、Remedial massageやSports massage は、男性も多いです。
Aroamatherapy は、やはり女性が圧倒的に多いです。(でも、今、クラスに男性が1人います)

何を言いたかったか、って言うと、何事もオープンだ、という事です(笑)



1年に一回のゲイのお祭り『マルディグラ』とは??<2005>年3月5日
もとは、ゲイの人達への差別に対する抗議のデモから始まったそうですが、今は、シドニーを代表するイベントになっています。英語で書くとMardi Gra。

今年は、突然、行く事になって何も用意もしていなかった、、、
マルディグラというと、雨になる事も多く、傘だけは持っていきました。

実は今、まだ、夜の10時過ぎで、宴たけなわの頃、、、
Bell夫婦は、パレードが始まる前のウキウキした人達を見るのが好き?なので、開始1時間半くらい前からパレードが開始するハイドパークに行ってました。


まずは、こんな感じで、沢山の着飾ったトラックが並んでいます。。。
そして、そのうちに、色々な人達が、カメラに向かってポーズしてくれます。。。


それから、こんな感じの人も。。。


七色、レインボーのカラーは、ゲイの人達のシンボルマーク。
だから、あっちこっちに、レインボーの旗がハタハタと舞ってます。
特に、この下の写真は、、、よーく見るとびっくりします(笑)


夜になり暗くなってくると、また、一層盛り上がります。。。
残念ながら、Bell達が見ていた所は、よく見えませんでした。。。

だって、、、
丁度良く見える所発見!と思っていたら
(2段になっている所の、2段目の前から3列目、、、位のところを陣取ってました)
Bellの前の人達が、数人、段に上って見始めて、その人達ったら、Bellの2倍もあるような人達ばかりなので、殆ど壁。。。
見かねた数人が、見えないから立たないでよーーー、って叫んでましたが、彼らは我関せず。
その、壁?の隙間から見ているのも疲れてしまいました。。。
隣にいたおじいさんも、私の方を向いて、傘を差し出し、これで突っついて落としてやりたい、、、って言ってましたっけ。Bellも、出来れば私もしたいわーって言いましたが(笑)。

そのうちに、観光客の数人の女の人達が、ちょっとごめんなさいね〜、と言いながら、スイスイっと、2段目の一番前まで行き、その壁の人達の間に滑り込んだ。。。これにはびっくり。
その内に、Bellの前にいた、またまた観光客のおばさんが、となりの壁の一人のおじさんとバトルしてる。。。
後ろで見ていたんだけれど、お互いに肘で突付きあっている。。。
Bellの後ろにいるマタマタ観光客のお兄さん達は、思いっきり大きな声で4文字言葉を叫んでいるし。。。
(注:4文字言葉とは、お下品な言葉です(^^;))

いやぁー、面白い光景を見てしまいました。
それぞれ色々な国の人達だったんだけれど、日本人はそれに比べると、バトルにも参加しないし、文句も言わず、背伸びしながら見ている人達ばかりでした。

もっと沢山の写真を撮りたかったわ。。。

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